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作品情報

著者:楠山正雄

所要時間:約3分

作品No.4

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松山鏡

(まつやまかがみ)

楠山正雄

 

 


     一

 むかし越後国えちごのくに山家やまが片田舎かたいなかに、おとうさんとおかあさんとと、おやこ三人住んでいるうちがありました。
 あるおとうさんは、よんどころない用事出来て、京都ることになりました。のことで、越後からるといえば、幾日も、幾日ねて、いくつとなく山坂えてかなければなりません。ですからって行くおとうさんも、あとにるおかあさんも心配でなりません。それで支度出来て、これからとうというとき、おとうさんはおかあさんに、
「しっかり留守むよ。それから子供をつけてね。」
 といいました。おかあさんも、
大丈夫、しっかりお留守居るすいをいたしますから、をつけて、ぶじにくおりなさいまし。」
 といいました。
 その中ではまだ子供でしたから、ついそこらへ出かけて、じきにおとうさんがってるもののようにって、しそうなもしずに、
「おとうさん、おとなしくお留守番をしますから、おみやげをってきてさいな。」
 といいました。おとうさんはいながら、
「よしよし。そのわり、おとなしく、おかあさんのいうことをくのだよ。」
 といいました。


 おとうさんがってってしまうと、うちの中はしくなりました。はじめの一二日は、もおかあさんのお仕事をしているそばでおとなしくんでおりましたが、三日四日となると、そろそろおとうさんがこいしくなりました。
「おとうさん、いつおりになるのでしょうね。」
「まだ、たんとなければおりにはなりませんよ。」
「おかあさん、京都ってそんなになの。」
「ええ、ええ、もうこれから百もあって、くだけに十日あまりかかって、りにもやはりそれだけかかるのですからね。」
「まあ、ずいぶんちどおしいのね。おとうさん、どんなおみやげをっていらっしゃるでしょう。」
「それはきっといいものですよ。しみにしてっておいでなさい。」
 

 そんなことをいいいい、毎日暮らしているうちに、十日たち、二十日たち、もうかれこれ一月あまりの月日がたちました。

「もうたんと、ずいぶんきるほどたのに、まだおとうさんはおりにならないの。」
 と、れなくなって、しそうにいいました。
 おかあさんはって日をえながら、
「ああ、もうそろそろおりになる時分ですよ。いつおりになるかれないから、のうちにおへやのおそうじをして、そこらをきれいにしておきましょう。」
 こういってらかったおへやの中をづけはじめますと、も小さなほうきをって、おをはいたりしました。


 するとその日の夕方、おとうさんは荷物をしょって、
「ああ、れた、れた。」
 といいながら、ってました。そのくと、はあわててとびしてて、
「おとうさん、おりなさい。」
 といいました。おかあさんもうれしそうに、
「まあ、おいおりでしたね。」
 といいながら、背中荷物手伝ってろしました。はきっとこの中にいいおみやげがっているのだろうとって、にこにこしながら、おかあさんのお手伝いをして、荷物までんで行きました。そのあとから、おとうさんは脚絆きゃはんのほこりをはたきながら、
「ずいぶんしかったろう。べつにわったことはなかったか。」
 といいいいりました。
 おとうさんはやっとって、おを一のむもないうちに、みの中から細長して、にこにこしながら、
「さあ、お約束のおみやげだよ。」
 といって、しました。にとろけそうなになって、
「おとうさん、ありがとう。」
 といいながら、をあけますと、中からかわいらしいお人形さんやおもちゃが、たんと出てきました。はだいじそうにそれをえて、
「うれしい、うれしい。」
 といって、はねっていました。するとおとうさんは、また一つたいして、
「これはおのおみやげだ。」
 といって、おかあさんにしました。おかあさんも、
「おや、それはどうも。」
 といいながら、けてみますと、中にはかねでこしらえた、まるいたいものがっていました。
 おかあさんはそれがにするものだかからないので、うらをしたり、おもてをたり、ふしぎそうなばかりしていますので、おとうさんはして、
「お、それはといって、へ行かなければいものだよ。ほら、こうしててごらん、がうつるから。」
 といって、のおもてをおかあさんのにさしけました。おかあさんはその時鏡の上にうつった自分をしげしげとながめて、
「まあ、まあ。」
 といっていました。

     二

 それから幾年かたちました。もだんだん大きくなりました。ちょうど十五になった、おかあさんはふと病気になって、どっと寝込んでしまいました。
 おとうさんは心配して、お医者にみてもらいましたが、なかなかよくなりません。もおかあさんのまくらにつきっきりで、ろくろくもなく、一生懸命にかんびょうしましたが、病気はだんだんるばかりで、もう今日明日がむずかしいというまでになりました。


 その夕方、おかあさんはをそばにせて、やせこけた手で、の手をじっとりながら、
、お親切世話をしておくれだったが、わたしはもういことはありません。わたしがくなったら、お、わたしのわりになって、おとうさんをだいじにしてげてさい。」
 といいました。ということもできなくって、目にいっぱいをためたまま、うつむいていました。
 そのおかあさんはまくらの下からして、
「これはいつぞやおとうさんからいて、だいじにしているです。この中にはわたしのめてあるのだから、このいつでもおかあさんのたくなったら、してごらんなさい。」
 といってしました。

 

 それからもなく、おかあさんはとうとうりました。あとにされたは、しいをおさえて、おとうさんの手助けをして、おとむらいの世話をまめまめしくしました。
 おとむらいがすんでしまうと、にうちの中がひっそりして、じっとしていると、しさがこみげてくるようでした。はたまらなくなって、
「ああ、おかあさんにいたい。」
 とをいいましたが、ふとあのおかあさんにいわれたことをして、してみました。
「ほんとうにおかあさんがいにさるかしら。」
 はこういいながら、の中をのぞきました。するとどうでしょう、こうにはおかあさんが、それはずっとしいで、にっこりっていらっしゃいました。はぼうっとしたようになって、
「あら、おかあさん。」
 とびかけました。そしていつまでもいつまでも、しつけてのぞきんでいました。

     三

 そのおとうさんは人にすすめられて、二めのおかあさんをもらいました。
 おとうさんはに、
「こんどのおかあさんもいいおかあさんだから、くなったおかあさんとじように、だいじにして、いうことをくのだよ。」
 といいました。
 はおとなしくおとうさんのいうことをいて、
「おかあさん、おかあさん。」
 といっていますと、こんどのおかあさんも、のおかあさんのように、をよくかわいがりました。おとうさんはそれをて、よろこんでいました。


 それでもはやはり時々のおかあさんがこいしくなりました。そういう、いつもそっと一間ひとまって、れいのしてのぞきますと、の中にはそのたんびにおかあさんがれて、
「おや、お、おかあさんはこのとおり達者ですよ。」
 というように、にっこりいかけました。


 こんどのおかあさんは、時々娘しそうなをしているのをつけて心配しました。そしてそういう、いつも一間んで、いつまでも出てこないのをって、よけい心配になりました。そうっていても、
「いいえ、でもありません。」
 とえるだけでした。でもおかあさんは、だか自分にかくしていることがあるようにって、だんだんがにくらしくなりました。それであるおとうさんにそのをしました。おとうさんもふしぎがって、
「よしよし、こんどおれがてやろう。」
 といって、ある日そっとから一間ってきました。そして一心の中に見入っているうしろから、けに、
「お前、をしている。」
 とをかけました。はびっくりして、わずふるえました。そしてをしながら、あわててをかくしました。おとうさんはふきげんなをして、
だ、かくしたものは。しておせ。」
 といいました。ったようなをして、こわごわしました。おとうさんはそれをて、
だ。これはいつかんだおかあさんにわたしのってやったじゃないか。どうしてこんなものをながめているのだ。」
 といいました。
 するとは、こうしておかあさんにお目にかかっているのだといいました。そしておかあさんはんでも、やはりこのの中にいらしって、いつでもいたいには、これをればえるといって、このをおかあさんがさったのだとしました。

おとうさんはいよいよふしぎにって、
「どれ、おせ。」
 といいながら、のうしろからのぞきますと、そこにはのおかあさんそっくりのがうつりました。


「ああ、それはお姿だよ。おさいからおかあさんによくていたから、おかあさんはちっとでもおめるために、そうおっしゃったのだ。お自分姿をおかあさんだとって、これまでながめてよろこんでいたのだよ。」
 こうおとうさんはいいながら、しおらしいがかわいそうになりました。
 するとそのまで様子ていた、こんどのおかあさんがってて、の手をりしめながら、
「これですっかりかりました。というやさしいでしょう。それをったのはすまなかった。」
 といいながら、涙をこぼしました。娘はうつむきながら、小声で、
「おとうさんにも、おかあさんにも、よけいな御心配をかけてすみませんでした。」
 といいました。  

 


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底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:佳代子
2004年2月19日作成
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