5分で読む名作集トップ 水菓子屋の要吉 ©雑学解剖研究所
作品情報

著者:木内高音(きうち たかね)

所要時間:約5分

作品No.23

リンク
 

 

水菓子屋の要吉

 

木内高音


       

  一


 要吉ようきちは、東京のにある、ある水菓子屋みずがしや小僧さんです。要吉は、半年はんねんばかり前にいなかからでてきたのです。
 要吉の仕事の第一は、毎朝、まっさきにきて、の重たい雨戸をくりあけると、年上の番頭さんを手伝って、店さきへもちだしたえんだいの上に、いろんなくだものを、きれいに、かざりたてることでした。それがすむと、番頭さんがはたきをかけてまわるあとから要吉は、じょろで、水をまいて歩くのでした。ろう細工のようなりんごや、青い葉の上にならべられた赤いいちごなどが、細い水玉をつけてきらきらときます。要吉は、すがすがしい気持で、それらをながめながら、店さきの敷石の上を、きれいにはききよめるのでした。
 時計も、まだ六時前です。電車は、黒い割引をぶらさげて、さわやかなベルの音をひびかせながら走っていました。店の前を通る人たちも、まだたいていは、しるしばんてんや、青い職工服しょっこうふくをきて、べんとう箱のつつみをぶらさげた人たちです。そういう人たちの中には、いつとはなしに要吉と顔なじみになっている人もありました。
「よ、おはよう。せいがでるね。」
 若い人は、いせいよく声をかけながら、新しい麻裏あさうらぞうりで要吉のまいた水の上を、ひょいひょいときにとんでいきました。なっとう屋のおばあさんが見えなくなったと思うと、このごろでは、ボタンの制服をきた少年が、「なっとなっとう」となれないをたてて歩いていました。


 そんな朝の町すじをながめながら、店さきをはいている時は、要吉にとっては一日中でいちばん楽しい時なのでした。なぜかというと、それから朝の食事がすむと、要吉にとってはなによりもいやな、よりわけをしなければならなかったからです。店の品物の中から、いたみかけたのや、くさりがひどくって、とても売りものにならないようなものを、よりわけて、それぞれ箱とかごとへべつべつにいれるのです。
 からもぎとられると、はるばると、汽車汽船でゆられてきたくだものは、毎日毎日、つぎからつぎへといたみくさっていくのでした。要吉は、なめらかなりんごのはだに、あざのようにできた、ぶよぶよのきずにひょいとさわったり、美しい金色のネイブルに青かびがべっとりとついたりしたのを見るたび、まるで自分のはだが、くさっていくようないたみを感ぜずにはいられませんでした。
 よりわけがすむと、今度は、一山売りのもりわけです。いたみはじめたくだものの箱の中から、一山十だの二十銭だのというぐあいに、西洋皿へもりわけるのです。そのあんばいが、それはむずかしいのでした。
「そのくらいなのは、まだだいじょうぶだよ。」
 少し、きずが大きすぎるからと思って、はねのけると、要吉は、すぐ主人にしかられました。それではこのくらいならいいだろう、ひとつおまけにいれといてやれと、おにのせると、
「そりゃあ、あんまりひどいよ。よせよせ。」
と頭ごなしにどなりつけられます。
「おまけなんです。」
 要吉がいいますと、主人は、
「ばか、よけいなことをするない、はちゃんときまってるんだぞ。」と、けわしい目をしてにらみつけます。
 要吉は、まったく、どうしていいのかわからなくなってしまいました。ですから仕事がちっともはかどりません。そうすると主人は、「いなかっぺはぐずでしょうがねえなあ。」ときめつけます。
 要吉は、そういわれると、ただ、もじもじと赤くなるばかりでした。
 


     二
 


 でも、このごろはだいぶ仕事こつがわかってきました。要吉は、せっせと手を動かしながら、いろんなことを考えるようになりました。
 せっかく、方々の国から送られてくるこれらのおいしいしたくだものが、店にかざられたまま、毎日毎日こうもたくさんくさっていくのはどうしたことだろう。それでいて、毎日おかみさんが売り上げの中から、まとまったお金を銀行へあずけにいくところをみると、お店はをしているはずはない。それではこれだけのくさったくだもののはだれがってくれるのだろうか。
 それからは要吉にはどう考えてもわかりませんでした。
 一山いくらのおの上には、まっくなったバナナだの、青かびのはえかけたみかんだの、黒あざのできたりんごだのがのっていました。
「こんなにならないうちに、なぜもっと安くして売ってしまわないんだろうなあ……安くさえすれば、もっとどしどしがあるだろうに……。」
 要吉の考えとしては、それがせいいっぱいでした。


 夜になると、要吉には、もっともっといやな仕事がありました。
 要吉は、毎晩、売れ残ってくさったくだものを、大きなかごにいれて、鉄道線路のむこうにあるやぶの中へすてにいかなければなりませんでした。ごみ箱がすぐいっぱいになるのをいやがるおかみさんは、そのやぶを見つけると、夜のうちに、こっそりと、そこへすてにいけといいつけたのです。
 要吉は、うんざりしてしまいました。それで、ある時、要吉は思いきって、おかみさんにいってみました。
「こんなにならないうちに、なんとかして売ってしまうわけにはいかないもんでしょうか。安くでもして……。」
 そうすると、おかみさんは、要吉をにらみつけていいました。
生意気おいいでないよ。なんにもわかりもしないくせに。そうそう安売りした日にゃあ商売になりゃあしないよ。」
「でも……」要吉は、もじもじしながらいいました。
「すてっちまうくらいなら、ただでやった方がまだましですね。」
 要吉は、それをいったおかげで、食事には、なんにももらうことができませんでした。要吉は、おにもいかずに、をかかえて、こちこちのふとんの中にもぐりこまねばなりませんでした。
 要吉は、その、ひさしぶりにいなかの家のことをに見ました。ある山国にいる要吉の家のまわりには、少しばかりの水蜜桃すいみつとうがありました。梅雨があけて、が葉っぱの間に、ぞくぞくとまるい頭をのぞかせるころになると、要吉の家の人びとはいっしょになって、そのひとつひとつへ小さな紙袋をかぶせるのでした。要吉の家では、その桃を、問屋や、かんづめ工場などに売ったお金で一年中のしをたてていたのです。夏のりになると、紙袋の中で、水蜜桃は、ほんのりとあかく色づいていきます。要吉たちは、それをまた、ひとつひとつ、まるで、宝玉ほうぎょくででもあるかのように、ていねいに、そっともぎとるのでした。ですから、自分の家の桃だといっても、要吉たちの口にはいるのは、虫がついておっこったのや、形が悪いので問屋の人にはねのけられたのや、そういった、ほんのわずかのものでした。
 要吉は、ある近所避暑にきていた大学生たちが、自分の家のえんがわへ腰をかけて、一よりの水蜜桃をむしゃむしゃと、まるで馬が道ばたの草をでもたべるようにたべちらすのを見た時の、うらやましいきをいつまでもれることができませんでした。
 ――あんなに大事にしてそだてあげた水蜜桃も、こうした東京の店へくれば、まるで半分は、箱づみのままにくさっていくのだ。
 要吉はくやしさに思わず、ったおかみさんのからだをむこうへつきとばしたを見て目をさましました。
 と思うと、今度は、やぶの中へすててきた、ネイブルだの、バナナだの、パイナップルだのが、ひとつひとつ、ぴょんぴょんととび上がって、要吉の胸の上で、わけのわからないダンスをはじめました。そうすると、いつのまにか、いなかのおとうさんやたちの顔が、それをとりまいてめずらしそうに見物しています。
 ――ほんとうに、家の人たちは、まだバナナさえも見たことがないのだ。要吉は、夢の中で、そういいながら、ごろんとひとつがえりをうつと、昼間のつかれで、今度は夢もなんにも見ない、深いりにおちていきました。
 


     三
 


 朝のうちに、店の仕事がかたづくと、要吉は、自転車にのって、方々の家へ御用聞きにでかけなければなりません。それはたいてい、大きな門がまえのおやしきばかりでした。
 勝手口へは、どこの家でも、たいがい女中さんがでてくるのでした。
「それではね、いちごを二と、それからなにかめずらしいものがあったら、いつものくらいずつ、けてくださいな。」
 そういったおおような注文をする家が多かったのです。要吉は、それをひとつひとつ小さな手帳にかきつけました。
 からになって配達がすむと、今度店番です。つぎからつぎと、いろんなお客がやってきます。
「なるべく上等なやつをいろいろまぜて、これだけかごにつめてくれ。ていさいよくのしをつけて。」
 そういって、新しいをぽんとなげだす人もあります。かと思うと、一山いくらのところをあれこれと見まわってから、ごそごそとから財布がわりの封筒をとりだす、みすぼらしいおばあさんもあります。
「きんかん、これだけおくれ。」
 そういって、いくらかの銅貨を店さきになげだす子どももありました。
 そういうお金のなさそうな人をみると、要吉は、うんとまけてやりたい気がしました。どうせ、売れ残ればすててしまうのだもの、買いたくっても買いたくっても買えないような人たちには、どしどしたくさんやったらよさそうなものだと思いました。しかし、そんなことをしようものなら、主人やおかみさんに、しかられるだけならまだしも、こっぴどい目にあわされるにきまっています。
 いつか、きたないなりをして、をもじゃもじゃにしたそれはそれは小さな女の子が、よごれた風呂敷づつみをぶらさげて、店の前にたっていたことがありました。それは、朝鮮あめを売って歩く子だったのです。女の子は、いかにもほしそうに、店の品ものをながめていました。
 要吉は、かわいそうになったものですから、いきなり、きずもののバナナをひとつかみつかんで、女の子にもたせました。と、からでてきたおかみさんが、ふいに要吉をどなりつけました。
「なにしてるんだい。」
「え、あの、ローズものを少しやったんです。」
「よけいなことおしでないよ。」おかみさんは、いきなり、うしろから要吉のほっぺたをぴしゃんとなぐりつけました。「やってよけりゃあ、わたしがやるよ。……そんなことをした日にゃあ、店のもんが安っぽくなってしょうがないじゃあないか。」
 要吉は、そんなことを思いだすと、みすみすすてるもんだとは思いながらも、貧乏なおばあさんや子どもにしても、みかんひとつまけてやることができませんでした。
 要吉は、なんということなく、毎日毎日の自分の仕事がつまらなくってたまらなくなるのでした。


 要吉は、また、ある日、おやしきへ御用聞きにいきました。すると、ちょうどお勝手口へでていた女中が、まっ黒くなったバナナをごみ箱へすてていました。
「おや、どうなすったんですか。こないだおけしたのは新しかったはずですが。」
 要吉は、びっくりして聞きました。
「なあに、これは、もうせんにとっといたのよ。」と女中はいいました。「到来とうらいものやなんかがくって、でめし上がらなかったもんで、しまっといてくさらしちゃったのさ。」
 女中は平気な顔でいいました。しかし要吉はなんともいえないくやしい気がしました。
「もったいない話ですね。そんなにならないうちに、だれかめし上がるはないんですか。」
「ああ、おしがでないとあたしたちもいただけやしないからね。それに、」と、女中はな顔をして笑いながらいいました。「そんなに心配しなくったっていいわよ。こっちでかってにくさらしたんだから、またいくらでもとってあげるわよ。お金さえやぁ、おまえさんの商売にはないじゃあないの。」
「それはそうですけれど……」
 要吉は、なんとなくむかむかするといっしょにしい気持になりました。店でくさらせるばかりでなく、こうして、おやしきの台所へきても、まだ、たべる人もなくくさらせる。大ぜいの人びとの手をかけて、やっとのことでここまでばれてきたとおとい品物がだれにもたべてもらえずにくさっていく。ただ、ごみ箱へすてられるためにばかり運ばれてくるとして、それでいいものだろうか。しかし、一方には、くさりかけた一山いくらのものでさえも、十分にはたべられない人びとが大ぜいいるのに。
「ああ、今夜もまた、あのやぶへ、くさりものをすてにいかなければならないのか。」
 そう思うと、要吉ようきちはなんともいえないいやな気持になりました。商売というものが、どうしても、こういうことを見越してしなければならないものだったら、なんといういやなことだろう。
 しかし、要吉は、水菓子屋の店をとびだすわけにはいきませんでした。要吉が徴兵検査までめあげるという約束で、要吉の父は、水菓子屋の主人から何百円かのお金をかりたのです。
 いくら考えても、要吉には、商売のためにはたべられるものを、くさらせていいというりくつはわかりませんでした。
「大きくなったらわかるだろう。」要吉はそういって自分をなぐさめるよりほかはありませんでした。
「それに年期ねんきがあけたら、自分でひとつ店をだすんだ。そうすればけっして、品物をむざむざとくさらせるようなことはしやしない。くさりそうだったら、ただでも人にたべてもらう。」
 要吉はそうも考えてみました。しかし、それは、要吉が大きくなってみなければ、できることだかどうだかわかりません。
「……その上に、おやしきなどで、たべもせずにすててしまうのは、いったいどうしたことだろう。」
 これは、なおさら要吉ひとりきりでは解決できない問題でした。要吉は、女中の平気な顔を思いだすと、ただなんとなく、腹がたってたまりませんでした。
「みんな、もののねうちをしらないんだ。」
 要吉はしばらくしてこうつぶやきました。しかしそれだけでは要吉の胸の中につかえている重くるしいは少しも軽くはなりませんでした。

(昭3・7)


 

 


上作品は、青空文庫より提供されているものを平易なルビの削除や改行、イラストの挿入等の改変を加えたものです。

下記に、「青空文庫収録ファイルの取り扱い基準」に基づいた注を記載します。


底本:「赤い鳥代表作集 2」小峰書店
   1958(昭和33)年11月15日第1刷
   1982(昭和57)年2月15日第21刷
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1928(昭和3)年7月号
入力:林 幸雄
校正:川山隆
2008年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

 

©2005- 雑学解剖研究所