世の中の研究

流行色の陰謀
季節の変わり目を感じる頃になると、あちこちで流行色というフレーズに触れる。
『流行っている』色を使ったマフラーや手袋などの小物は特に街でみかける機会が増える。
しかしこれも考えてみれば不思議なハナシだ。
大勢の人が申し合わせたように一つの色を身につけたくなり、流行の色が決まる、などということがあるのだろうか。
「今年の夏はこの色が流行る!」なんてコピーは、自ら矛盾を吐露しているようなものだ。流行とは広まって初めて流行といえるのであって、事前に分かろう筈も無い。
流行やブームというものは、往々にして企業やメーカー、プロダクションの
意向によって創り出される。 そして、流行色はその最たるものといっては言い過ぎだろうか?
「流行色」はなんと2年前の段階から検討が始められている。元締めとなっているのは「インターカラー」(国際流行色委員会)というグループ。
インターカラーは18カ国の加盟からなるシンクタンクであり、日本からは日本流行色協会という、これまた臆面の無いネーミングの団体が参加している。
インターカラーの会議では、各国が提案色を持ち寄り、2年後の「流行色」を選定する。日本流行色協会はその会議で選定されたカラーを参考にして、「アドバンスカラー」と呼ばれる日本国内向けの色を選ぶ。
そして目指す年度の1年前には、更に話題になりそうな色に絞り込んだ「ファッションカラー」を発表。
注目すべきは、この段階での発表は消費者向けではなく、メーカーのためのものということである。
要するに、あらかじめ「流行らせる」カラーを決めておいて、それをメーカー側に知らせてそれらの色を含んだ製品をスムーズに製造できるようにするわけである。
シーズン3ヶ月ほど前になってようやく一般消費者の元にもいわゆる「流行色」が知らされる。
流行というものは、理想としては民主的かつ大衆的に広まり、認知されていくものだと思うが、このように一協会が決定した「流行」というのは果たしていかがなものだろうか。 この業界のイメージカラーは、「限りなく黒に近い灰色」が似合う気がする。
自販機のコイン投入口の秘密
街中に設置されているタバコや飲み物の自販機(自動販売機)は多くが国産のようだ。
というのも、海外で生産すると人件費や部品が安くても多額の輸送料がかかるため。大きくて重い自販機を船や飛行機で運ぶと、その代金はバカにならない。結局国内で生産したほうが安上がりなのである。
加えて、自販機は
ほとんど日本でしか使われない。商品とお金が一緒にある箱を誰も監視していない、という条件で商売が成り立つのは日本くらいなものだ。アメリカの治安のよい州や、中国の都市部にいくらか普及してはいるものの、やはり自販機は日本のいわゆる専売特許といっていいだろう。
現在は自販機では実に多様なものが販売されている。
ドリンクやタバコは言うに及ばず、切符、入場券、たまご、米、納豆、おでん、新聞、雑誌、CD、DVD、花に下着などなど… 中でもよく利用するのがドリンクやタバコなどを買うときと、電車の切符を買うときだろう。 ところで、この二種類の自販機には決定的な違いがあることにお気づきだろうか。
それは、硬貨投入口の形。飲料類自販機の投入口は横型だが、駅で切符を販売するものは縦なのである。これは一体なぜなのだろうか?
言うまでもなく、自販機は入れられたお金が何円かを識別しなければならない。コインの大きさや重さ、色などでそれを行うわけだが、この識別装置の設置方法の違いが、縦型と横型の差を生んでいるのである。
縦型の投入口だと、入れられたコインはコロコロ転がって素早く識別装置に入り、商品が購入可能になる。しかし、横型だと滑りながら落ちていき、抵抗が大きいので処理速度は落ちてしまう。 大勢の人が並んで買う切符の販売機の場合、処理速度が命だ。少しでも遅ければ客にストレスを与え、行列ができて業務にも支障をきたす。 そこで、切符の発券機には縦型の投入口が採用されているのである。
では、なぜ飲料用の投入口は横なのか。飲み物を買うときだって早いに越したことはないはずだが?
実は、縦型には欠点がある。識別装置がスペースを取ってしまい、自販機のサイズが大きくなることだ。 対して、横型を使うとコンパクトに収まる。飲み物やタバコなどの自販機は、設置場所の都合上、なるべくスリムなデザインにしなければならない。その上で、商品を可能な限り多く入れる必要がある。多少処理は遅くとも、場所を取らない横型投入口を使ったほうが有利、ということなのである。
穴の形状の差は、販売商品や利用者に合わせて、これ以上ないほど考え抜かれているのだ。
また、最近は投入時にコインが入れやすく、誰でも利用しやすいユニバーサルデザインの自販機も登場している。 使いやすさのために日々たゆみない努力を続ける自販機メーカーの方に改めて敬意を表したい。
そして飲み物の値段、もう少し下げてもらえないだろうか。
日本だけ、幻の軟式卓球
卓球は世界でも有数の競技人口の多さを誇るスポーツだ。 体を動かすことはどうも苦手という人でも、卓球なら手軽に楽しめる。温泉地などでも卓球は定番で、沢山の人に親しまれている。
初心者同士でもそれなりに楽しめるが、レベルが上るにつれて技術はもちろん体力・筋力など高い身体能力を要求される競技でもあり、上級者のハイペースな試合は見ごたえ十分だ。
ところで、「軟式卓球」という言葉を聞いたことがあるだろうか。恐らく知っているのは卓球に詳しい人か、比較的年配の方に限られるだろう。
軟式卓球は日本だけで普及した卓球で、全日本軟式選手権も1931年以降ずっと開催されてきた。しかし競技人口の少なさから、2001年に公式競技としては絶滅してしまった。
現在、日本を含め世界各国で一般にプレイされているのは硬式卓球である。 滅んでしまった軟式卓球とはどんなものだったのだろうか。
現在、硬式のピンポン球は直径40ミリだが、軟式はそれより1〜2ミリ小さい。硬式の7割ほどしかはねず、軽くてゆっくり飛ぶので打ち返しやすい。また、ネットも硬式のそれより2センチ高いのでラリーが続きやすいという特徴もある。
もともと日本で最初に広まったのは軟式卓球のほうだった。明治の終わりにイギリスから伝わり、当時は今の軟式ボールより更に柔らかいものが使われていた。 その後、日本では軟式のまま卓球は普及していき、大日本卓球協会が設立された大正10年頃は軟式で公式競技が行われていた。
ところが、日本が欧米との交流を中断している間に、海外では硬いボールが主流になっていった。 1931年、ヨーロッパの一流選手が来日したとき、日本の卓球関係者は硬いボールが使われている事に驚く。日本でもボールを変えるべきかが緊急の課題となった。
しかし、日本の二つの卓球連盟で意見が割れてしまう。学生連盟は硬式をすぐに採用したが、社会人中心の実業団連盟は卓球離れを恐れて柔らかなボールにこだわった。 こうして、日本には硬軟両方の卓球が存在するという奇妙なことが起きてしまったのだ。
だがその後も硬式人口はどんどん増え続け、軟式を押していった。そして1988年のソウル五輪で、卓球がオリンピック競技に採用されると、国際ルールでも正式に硬式が公認球とされた。 これにより軟式卓球は世界で唯一日本だけの競技となってしまったのである。
2001年に軟式卓球がその長い歴史に幕を閉じたことは前に書いた。しかし、実はそれに似た卓球が現在逆に競技人口を増やしつつある。
前述のように、軟式はボールがゆっくりで打ち返しやすい。これはお年寄りにも優しいということだ。この利点から、「新卓球」という軟式にルールが似た卓球が高齢者を中心に人気だ。 長く続けられる生涯スポーツとして注目を集めている。
お年よりはもちろん、運動神経にあまり自信がないという方もこの「新卓球」試してみてはどうだろう。
桃太郎のお供が先祖の首相がいた

犬養毅(いぬかいつよし)といえば、「話せばわかる」というセリフで有名だろう。5.15事件で青年将校らに急襲されたとき、彼らに語った言葉である。
犬養毅は昭和4年に首相となり大きな改革を行ったが、彼の暗殺は戦前の日本史に極めて大きな後遺症をもたらすこととなった。
ところで彼は生前、妙な自慢をしていたという。自分の祖先は犬で、しかもなんと桃太郎のお供の犬だった、というのだ。
桃太郎の従者といえば、ご存知のとおり猿、雉、そして犬である。この犬が犬養毅の御先祖様とは、一体どういうことなのだろう?
桃太郎伝説のモデルとして有名なのは、吉備津彦命(きびつひこのみこと)の逸話である。吉備津彦=桃太郎説の真偽についてはここでは触れないが、一般に広く浸透している説である。
吉備津彦命は古事記の中でも初期の、いわゆる神話時代の人物だ。人物相関関係を見て行くと、ヤマトタケルの祖父にあたる可能性があるという。
吉備津彦は、天皇から蛮族退治を命ぜられ、軍を率いて吉備地方、現在の岡山県に向かった。そしてその時に伴って行った者の中に、犬飼武、楽々森彦(ササモリヒコ)
、 中山彦という人物がいた。彼らはそれぞれ犬飼部、猿飼部、鳥飼部という役職であった。※
この三人が桃太郎のお供のモデルとなった、というわけである。そして、犬養毅の先祖は、この犬飼部の役職であった人物である、というのだ。
岡山県吉備郡にある吉備津神社は代々犬養家と関わりのある神社だ。その神社の大鳥居のそばには犬養の名を記した石柱が立っている。そこには、「随人後裔(ずいじんこうえい)」の肩書きがある。随人後裔とはすなわちお供のこと。 そう、犬養毅のご先祖がお供をしたのは、他ならぬ「桃太郎」だった、ということだ。
犬養毅は襲われたときにまず、「まあ待て、撃つのはいつでも出来る。あっちに行って話を聞こう」と言い、撃たれたときも「いまの若い者をもう一度呼んで来い、話して聞かしてやる」と言ったという。 最後の最後まで話し合いの信念を貫いた人物だった。 食べ物に釣られた挙句、手荒い手段で物事を解決しようとしたご先祖様とは、正反対だったのである。
※吉備津神社の伝説では、中山彦にあたる人物は留玉臣(とめたまおみ)になっているようである。
イヌやネコを郵便で送れるか?


電子メールの普及で郵便を使う機会も少なくなったが、郵便も郵便なりに頑張っているのである。
手紙がダメなら定形外の配送業で利益を上げようと、「ゆうパック」や、「EXPACK500」といったサービスを提供してきた。「EXPACK500」は、500円で専用封筒を買い、そこに入る30kgまでの重さのものなら全国どこでも送れるというものだ。 なかなか便利なサービスだが、ふと疑問が起こる。一体、郵便ではどんなものを送っていいのだろうか。例えば、EXPACK500に入る大きさなら、生きたイヌやネコを送れてしまうのだろうか?
郵便で送れる荷物については、「郵便規則」という規則で定められている。
その第八条五項を見てみると…
五 生きた動物
堅固なびん、つぼその他適当な容器に納め、容器には完全にその脱出及び排せつ物の漏出を防ぐ装置をすること。
…送れる。これはもう間違いなく送れる。だが。「堅固なびん」の中で揺られ揺られて、生きて届く動物がどれほどいるのだろうか。しかも、絶対に逃げられず、また排泄物が漏れないようにしなければならない。まあ金魚や昆虫なら注意すれば平気だろう。 しかし、EXPACK500に入ったイヌやネコが生きて届いたら、これはもう奇跡というほかない。
まず、EXPACK500の封筒にネコを押し込めなければならない。封筒はA4のチラシが250枚入る大きさだというから、どうにか入るだろう。 だが、脱出が出来ないように適当な容器に収めなければならない。ゲージを使うと入らなくなってしまうから、丈夫な麻袋がよいだろう。ここにネコを入れて、排泄物が出ないようにしっかりと口を締める。これを封筒に入れて、ポストに投函だ。
出した時間にもよるが、恐らく翌日か翌々日には届くだろう。 しかし、その間ネコはこの苛酷な環境に耐えられるだろうか?
じゃりン子チエに出てくる小鉄ならなんとか耐えられるかもしれないが、そこらの一般キャットはまずムリ。死んでしまうだろう。絶対にやってはいけない。
EXPACK500の利用条件にも、いきものの送付はご遠慮ください、と書いてある。禁止ではないから送れない事はないが、恐らく発見された時点で拒否されてしまうのではないだろうか。
ちなみに、普通の宅配業者では生き物は送れない場合が多い。もし無事に動物を送りたいという場合は専門のサービスを利用するのが賢明だろう。
安いからといって、間違ってもEXPACK500で送ってはいけない。
ポイントカードの盲点裏技

近頃、大手の電器店ではほとんどがポイントカードなるものを導入している。
購入した値段の10%がポイントとしてもらえ、1ポイント1円の買い物ができる。
一万円の品物を買えば千円、10万円で一万円の商品が買えるのだから、これは決して小さな額ではない。
ところで、このポイントカードの盲点をついたスゴイ裏技がある。それをこっそりお教えしよう。
Aさんは、電器店で30万円のパソコンを買った。すると10%ポイント還元なので3万円分のポイントがついてくる。Aさんはこの3万ポイントで冷蔵庫を購入した。 ところが、買ってみたパソコンがどうも思ったのと違う。そこで返品することにした。当然30万円は丸々戻ってくることになるが、ポイントはどうなるのか。 実は、カード上で−3万ポイントとなるのである。現金で買ったものを返品した場合、その分のポイントは取り消される。当たり前のことだ。
では、ここでAさんの手元に残ったものは?パソコン購入費用の30万円、ポイントで買った冷蔵庫、そして、−3万ポイントのカード。―
そう、お気づきだろうが、このカードはもう使わないなりその店に行かないなりすればなんの効力も持たない。つまり冷蔵庫を丸儲けできてしまったのである。
なお、この裏技、悪意がなければ(故意でなければ)恐らく法律上罪に問われることはないと思われる。いや、故意であったとしても立証はかなり難しいだろう。ざっと考えてみてもこうした事象を記載した法律はない。 そもそも、お金でなくポイントでモノを買えるということ自体が理論上の矛盾を招いている。 店にしてみればとんだ落とし穴である。
だが、こうしたことができるということと、してもよいということは別問題である。例え法律上の規制がなくとも、道徳心と良識を持った皆さんなら賢明な判断ができるだろう。
ま、その上で 偶 然 こういったことが起きてしまったらそれはそれで仕方がないことであるが。店側が作ったシステムなのだから、こちらには何の落ち度も責任もないのだ。
古切手や書き損じはがき、回収してどうするの?

時々、県や自治体あるいは学校などで「使用済み切手回収にご協力ください」という広報がある。また、プリペイドカードや書き損じはがきなどを回収する場合も多い。
これらは確かにいらないし、ゴミになるだけなのだが、こんなものを回収してどうやって換金しようというのだろうか?買おうという物好きでもいるのだろうか?
…そのとおり。実は、切手やプリペイドカードは様々な収集団体によって集められ、選別され、最終的にコレクターが買い取るようになっているのだ。
確かに外国切手や記念切手などは欲しがる人も多いだろうし、テレカも限定のものが結構ある。
価値のないものが大半を占めるだろうが、一部のお宝を探すために干草の中の針を探すような作業をしているのである。
ちなみに、収集された切手のお値段だが、ユニセフの場合は一キロ500円。だが、自治体や団体によっては10キロ一万円のところもあるなど様々だ。
だが、切手はそれでわかるが、書き損じはがきには希少価値など望むべくもない。有名人のはがきでもあれば別だが、そんなものを集めたらプライバシーの侵害だといって誰も協力してくれないだろう。 はがき回収の仕組みはどうなっているのか?
そもそも、書き損じたはがきということは未投函、つまり配達されていないものということになる。せっかく一枚50円も出して買うのに、これが使われないまま終わっては確かに理不尽だ。
そこで、郵便局では書き損じたはがきを一枚5円の手数料を引いて、新しい切手やはがきに交換してくれるのである。 それを企業などに買い取ってもらうことで収益となり、寄付に充てられるのだ。
放っておけばゴミにしかならない切手や書き損じはがきだが、回収に協力することで社会に貢献できるならお安い御用ではないか。是非これらは集めておいて、機会を見つけたら提供していきたい。
ナイキはアシックスの下請け会社だった

現在人気のスポーツシューズメーカーといえば、やはりナイキが筆頭に上がるだろう。数年前大ブームを引き起こした「エアマックス」シリーズは記憶に新しい。 またバスケット選手やその他のスポーツ選手と多く契約し、非常に広いシェアを誇る。まさに世界的なブランドメーカーといえる。
そんなナイキだが、創設まで歴史をさかのぼってみると意外な事実が判明する。なんと、日本のスポーツメーカー、アシックスの下請け※だったのだ。 アシックスも世界を又にかけて活躍している有名なブランドだが、そのアシックスの下請けがナイキだとは、一体どういうことなのだろうか?さらに時間を戻してみよう。
現在のアシックスの前身は、鬼塚喜八郎が昭和24年に設立した「(株) 鬼塚商会」という会社だった。 それが後に「オニツカ」という名になり、さらに昭和52年
にはオニツカ他2社が合併してアシックスの誕生となる。
対してナイキの創設者はアメリカ人のフィリップ・ナイト。自身がスポーツマンだった彼は、大学時代からスポーツシューズに対して新たな市場を拓けないかと考えていた。 大学を卒業した彼は1963年、当時オニツカの社長だった鬼塚喜八郎の元を訪れる。「日本のいい靴をアメリカに紹介したいので代理店にしてくれないか」というのである。喜八郎はこれを承諾。ここに、現アシックスと現ナイキの契約が成立したのである。 そしてフィリップは「ブルーリボンスポーツ」という会社を設立、これが今のナイキへとつながっていくのだ。
今ではライバルとも言える2社が、かつては親子のような関係だったというのはなんとも面白いことである。
ナイキのシューズ自慢の「AIR」そしてアシックスの「α-GEL」。 これらを見ても、もはや二つのシューズの間には決定的といえる差はないかもしれない。お好みとお値段にしたがって選んでいただきたい。
−まぁ、私のシューズはリーボックなのだが。
※「下請け」とは厳密には注文を請け負って生産することをさす。ナイキは輸入代理店だったので、下請けという呼び方は実はふさわしくないが、広い意味で解釈するということでご了承いただきたい。
犬や猫をいじめても罰せられない?


大分前のドラえもんで、しずかちゃんちの隣のキョーボーなる人物が、ベソという犬をいじめている、という話があった。 キョーボーはベソにはろくにエサも与えず、嫌な事があるとバットで殴るのだが、それはあまりにかわいそうということでのび太が「ドロン葉」なる道具を使って救ってやったのだ。
のび太はそれでいいとしても、我々の周りにそんなことをする輩がいた時にはどうすればいいのだろうか?いじめられているのを見るのは忍びない、かといってどうすることもできない、まさかいじめちゃいけないなんて法律があるわけない…と思いきや、あるのだ。これが。 動物をいじめることを禁止した法律。「動物の保護及び管理に関する法律」(昭和四九年四月1日施行、五八年
、平成十二年改正)がそれだ。
単刀直入に言おう、「動物の保護及び管理に関する法律」第十三条@!
「保護動物を虐待し、又は遺棄したものは三万円以下の罰金又は科料に処する。」
保護動物って天然記念物か何かじゃないの?と思わないように。続く部分には保護動物の定義について、「牛、馬、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、にわとり、いえばと及びあひる」と述べており、さらに「人が占有している動物で哺乳類又は鳥類に属するもの」と規定しているのだ。
つまり、犬や猫はもちろんインコやハムスターまでいじめたり「遺棄」、つまり捨てたりしたら立派な「犯罪」なのである。
それだけではない。第八条では、道路や公共の場において病気になったり怪我をした動物やその死体を発見をしたときは所有者に、所有者が分からない場合は都道府県知事に通報するよう努めなければならない、とも記載されている。 ただし、この場合は「努めなければならない」のであって「しなければならない」のではないから、厳密に言えば通報する義務はない。だが、車を運転する人は、もし犬や猫をはねてしまったら一応届け出ておくのがスジだろう。 都道府県知事は通報があった場合にはその動物を収容する義務があるのだ。
この「動物の保護及び管理に関する法律」、動物を殺す時は安楽死させなければならないということなんかも書いてあってなかなか面白い。動物愛護週間もこの法律によるものである。飼い主の心得なんかも記されているので、ペットをお持ちの方、またそうでない方も一度目を通しておくとよいだろう。
(関連:第一回雑学検定 1級 2-4)
たった2日の1ヵ月

「暦の上では春なのに、まだまだ寒いねえ」とか「こんなに暑いのにもう秋なんだねえ」など、暦と季節のなんともいえない違和感を誰しも感じたことがあるだろう。それが季節を先取りするという日本の風習にマッチするといえばそうなのだが、やはりなんだか不自然である。
このズレの原因を探ると、明治5年12月3日
、太陰暦が廃止され太陽暦に切り替えられた時点に遡ることができる。この際、明治政府はあろうことか「明治五年十二月三日をもって六年一月一日となす」という強引な政策を実施してしまった。つまり、まだ12月も初めなのに突然正月が来てしまったわけである。そして、これにより明治5年12月は2日しかないことになる。当然庶民は混乱してしまい、その名残が現在まで波紋を投げかけているのだ。
それにしても、なぜ政府は1月を待たずに突然こんな改暦を行ったのか。
それは、太陰暦だと明治6年は閏月を入れる年で、そうすると政府は13回給料を払わなければならないからだといわれている…。しかも、12月は2日しかないのだから給料は払う必要がない、ということで実に2ヵ月分も給料をハネてしまったのである。なんともセコイ政策である。
だが庶民にとっては「盆と正月が一遍に来た」どころではなく、盆を飛ばして正月が来たのだから、まさに青天の霹靂であった。 またこのお陰で用意されていたカレンダーはことごとく刷り直しをしなければならなくなり、業者は大変な損害を被った。
そんな歴史を経て今の暦があるわけだが、時には日付を旧暦に戻して、古き時代に思いを馳せてみるのも悪くない。
幻のスネオの弟


私はなるべく欠かさず毎週のドラえもんを見ることにしている。邦画洋画を問わず最近の映画で泣けるのは大長編ドラえもん位のものである。
2003年春公開の「のび太とふしぎ風使い」も見に行ったがあれは泣けた。 感動を禁じえなかった。 劇場でもらったドラえもんがうちわを持った人形もパソコンの上に飾ってある。
さて、ドラえもんに登場する主要キャラクターの一人がスネ夫である。本名、骨川スネ夫、2月生まれ、背が低いのが悩みの御曹司の甘えんぼ・・・なのだが、実はスネ夫には弟がいることをご存知だろうか?ご存知の方は相当のドラえもんマニアか雑学家であると見て間違いない。
スネ夫の弟はスネツグといい、ニューヨークのおじさんの家に養子として住んでいる。スネ夫からの見栄はりまくりの手紙で、兄が立派な人間だと信じ込んでいるかわいそうな少年である。
もともとスネツグはドラえもん連載初期の頃に脇役としてしばしば登場していた。だが、回が進むにつれ藤子・F・不二雄氏はそのことをすっかり忘れ、スネ夫は一人っ子という設定に変更されてしまったのだ。
その後スネ夫には弟がいるという指摘を受けて再び登場することになり、その際上記の設定が加えられた。これはアニメでは1985年にお正月スペシャルとして放映されたので、覚えておられる方もいるかもしれない。
今度スネ夫が画面に登場したときは、「この裏には暗い影を背負った少年がいるんだな」と思いながら見ていただきたい。…いや、別に思わなくてもいいのだが。
法廷で証言したオウムがいる!

ご家庭でオウムやインコを飼ったことがある、または今も飼っているという方は少なくないだろう。
オウムは見た目もきれいだし、値段も手ごろ、よくなついて寿命が長いという素晴らしいペットとなる。更に大きな魅力として、人の言葉をしゃべる。
マンガではよく普通に人と会話するオウムや九官鳥が出てくるが、あんなものは所詮マンガの世界でしかない−と思ったらそうでもなさそうだ。 なんと、法廷で証言したオウムがいるというのである。
1993年、インド南部に位置する、ケララ州の地方裁判所で一つの裁判が起きた。隣近所同士がオウムの所有権をめぐって争ったのである。恐らく、両方の家でオウムを飼っていたが、ニ羽とも逃げ出してしまい、一羽だけが見つかったということなのだろう。
いつまで経ってもらちが明かないことに業を煮やした判事は、オウムを「証人喚問」し、法廷に出廷させるようにと命じた。 するとそのオウムは、飼われていた家の子供達の名前を早口に告げたのである。 これはもはや動かぬ証拠。決定的な証言となり、判事はこの家族に軍配を上げたのだ。
賢いオウムのお陰でこの事件はめでたく解決したわけだが、オウムは日常生活を映し出す鏡となることがある。家族で喧嘩ばかりしていると悪態をつくオウムに育ってしまうかも…