動物の研究

「お稲荷さん」に見るキツネの習性
油揚げの中にご飯を詰めた料理を通称「稲荷ずし」とか「お稲荷さん」などと呼ぶ。
この語源に関して気になっていた方も多いだろうが、よく言われるのは「油揚げがお稲荷さんであるキツネの好物だから」。
ではなぜキツネのことを「お稲荷さん」と呼ばれるのかは、「稲荷神社に祀られているから」ならば稲荷神社に祀られているのはどうして…?ということになるのだが、大抵この辺で分かったような分からないような、どうもすっきりしないがそこまで深く突っ込むようなことでもないか、という感じになってしまう
。
ところが、稲荷神社とキツネの関わりを調べてみると、なかなか興味深いキツネの習性が明らかになってくるのだ。
キツネが稲荷神の使いと同格にみなされるようになったのは、いくつか理由がある。まず、穀物や農作物を食い荒らすねずみを退治してくれる益獣であったこと。そのため、もともと農耕の神であった稲荷神の使いとして扱われるようになったのだ。
また、キツネの毛色である黄色は、陰陽五行では土を表している。そのため、土を象徴する存在として農業の神として位置づけられたとも言う。
というわけでキツネ=稲荷神、という図式は理解できる。しかし、そこに油揚げがどう関わってくるのか。
すぐに思いつくのはキツネの体色が油揚げのそれに似ている、という点だろう。 だが、実際に油揚げはキツネの好物だったと言われている。
昔話にもキツネに夜道で油揚げを奪われる話や、油揚げでキツネをおびき寄せる話がある。
しかし油揚げの原料は大豆であり、植物。肉食のキツネが油揚げを好んで食べる、ということがあるだろうか。
現在は肉製品が溢れており、キツネに油揚げは見向きもされないかもしれないが、仏教の影響が強く肉食が禁止されていた時代では、油揚げはかなりのご馳走だったはず。
「とんびに油揚げをさらわれる」という言葉もあるように、肉食動物は油揚げを好むようだ。
面白いことに、かつて稲荷大社には油揚げが供えられていたという。
油揚げの匂いに惹かれて人里まで降りてきたキツネは、神社で縄張りを主張するためにそこらじゅうに匂いをつける。農家の人々は
この匂いのついた神社の石を拾い、持ち帰って害獣対策に使ったという。
同じことはオオカミに対しても言える。シカやイノシシなど、畑を荒らす獣を退治してくれるオオカミは、人々にとってまさに神のような存在であった。それを敬い、人々は「大神」と呼んだ、といわれている。
オオカミの場合はオコゼの干し魚などを神社に備え、おびき寄せた。やってきたオオカミはそこに自分の匂いをつける。匂いのついた石はイノシシやシカを避ける効果があるため、人々はその石を持ち帰ったという。
この石の効力はおよそ1年。1年たったら、新しい石を拾いに神社にいったのである。一説には、この風習がお札やお守りを1年毎に買い改めるという習慣の元となったといわれている。
このように、油揚げは「お稲荷様の使い」のキツネを呼び寄せるためのエサだったわけだ。
「稲荷寿司」が食べられるようになったのは江戸時代、天保末頃のこと。稲荷寿司は「狐寿司」という別名もあったようで、キツネにつなげる発想が強かったことがうかがえる。 現在は、名だけ残って由来となる現象が消えてしまったものが多い。 食卓に上がる食べ物の語源というのも、考えてみるとなかなか面白い。 どうでもいいが、私は稲荷寿司には紅しょうがと醤油をつけて食べる派である。
キリンにはなぜ角があるのか?

私が通った高校の物理の教師は、毎時間授業の初めに科学に関する疑問を受け付けていた。
高校生が想起するレベルの質問なら大概その場で答えてくれたが、質問をすると、実質授業時間が短くなる→テスト範囲が狭くなる、という見返りもあったため、質問の数は中々のものだった。 勿論私も(既に知っていることであっても)積極的に質問し、授業時間短縮作戦の先鋒隊を務めていたものだった。
ところで、ある生徒が出した素朴な疑問に教師はその場で答えられず、帰ってネットで調べても分からなかった―という事があった。
それが今回の、「キリンにはなぜ角があるのか」という質問なのだ。
以後、私の中でこの疑問は頭の片隅から離れないものとなっていた。
最近、ついにその謎が解けたので、公開させて頂きたいと思う。
普通、動物に角がある理由は一目瞭然だ。牛にしろ鹿にしろヤギにしろ、またトリケラトプスに代表される角竜であっても、角は「戦闘用」である。角を持つ動物はほとんどが草食動物だ。鋭い牙や爪を持たない彼らは、捕食者から身を守るため、また仲間同士の争いを解決するために個性的な形状の角を持っている。
ところが、キリンに関しては立派な角があるにもかかわらず、その用途が想像しにくい。実際Wikipediaの「角」の項にも、キリンの角は「実際の用途は何もないため、進化前の名残りではないかといわれている。」と書かれている。(07年12月22日現在)
なるほど、確かに長い首のてっぺんにある短めの角は一見何に使うのか分からない。首が長いのは高いところの葉を食べるためだが、角が捕食に役立とうはずもない。「用途が何もない」と考えられても不思議ではない。
しかし、その結論はある先入観に支配されている。
「キリンが角を使って戦いをするはずがない」という先入観だ。
まさかあの長い首を振り回して角で戦いをするはずがない―そのまさかなのである。
他の角を持つ多くの動物の例にたがわず、キリンの角も「戦闘用」なのだ。
キリンは10頭以下の小さな群れで暮らすが、オスは一頭だけ。よそからオスが群れに入るには、その群れのオスと決闘をして打ち負かさなければならない。 つまりはメスの取り合いのために、オスはしばしば戦うことを選択する。
決闘の際オス同士は互いに首の届く間隔で立ち、長い首をしならせてボディブローよろしく相手の胸を強打する。 角はその時の武器になるのだ。こうした戦いは「ネッキング」と呼ばれる。
強靭な長い首から繰り出される攻撃はすさまじく、目撃によれば1トン近い相手を1メートル近くも持ち上げることがあったという。
実はこうした戦いは日本の動物園でもキリンの檻に行けば見られることがある。上記の例は多摩動物公園でNewton記者が目撃したものだ。
10歳になった子供が父親に対し、群れの座のをめぐって戦いを仕掛けたものだという。
百聞は一見にしかずということで、謎を解くきっかけとなった貴重なキリンのネッキングの動画を紹介したい。これを見れば、キリンの角が「進化前の名残り」などではなく、立派に意味を持つものであることが分かるはずである。
「カマキリのメスはオスを食べる」の真実
カマキリは身近な昆虫の中でも相当ユニークな部類に入るだろう。
逆三角形の顔、目つき、体型、そして鎌。
外見も抜群に特徴的といえるが、その生態もなかなかユニークだ。 産卵や捕食も興味深いが、
特に有名なのは「メスは交尾後にオスを食べてしまう」という話だろう。
これはファーブル昆虫記にも載っている話で、相当広く知られているらしく、私が5人程に尋ねてみたところ、全員が知っていた。半ば「昆虫界の常識」といえるものらしい。
このエピソードのため、カマキリのメスというのはイメージがとても悪く、またオスに至っては可哀そうで健気な昆虫、という認識が多い。
しかし、カマキリのメスの名誉ために、またオスは子孫のために命を投げうっている男の鏡、という誤解を解くために言っておこう。
メスには交尾後にオスを食べてしまうという習性があるわけではない。
また、オスにはメスに進んで食べられる本能もない。
いったいどういうことなのか、順を追って説明しよう。
まずは、カマキリの交尾中の習性(と思われているもの)について再確認しておく必要がある。
一般的な認識は次のようなものだ。
『カマキリはオスよりメスの方が体が大きくて強い。交尾の後、メスは体の小さなオスを貪り食ってしまう。これは、オスの体を食べることで産卵に必要な栄養を蓄えるためである』−
なるほど確かに
多くの種のカマキリは交尾の際、メスがオスを食べてしまうことが観察されている。しかも、メスは交尾後のみならず、交尾の最中にオスを食べてしまうことも少なくない。 食べてしまうメスもメスだが、オスはもっと凄い。なんと頭を食べられながらも、交尾を続行することができるのである。
頭だけではない。頭、胸、上半身と食われ続けて、最後には生殖器のある尻の部分だけになってもなお数時間に及ぶ交尾を続けることができるという。
虫嫌いの私としてはかなり想像したくない光景だ。
このように、オスの本能的な仕組みを見ても、メスに食べられることが前提のように思えてしまう。 にもかかわらず、そうではない、といえるのだ。なぜか。
ひとつには、カマキリの餌の識別能力が高くないことが関係している。
カマキリは基本的に、目の前にある動くものに飛びついて食べてしまう習性がある。どうも、メスは交尾の際、オスのことを「餌ではないもの」として認識することができないようで、この本能に従ってしまうと考えられる。
なお、オスの方はフェロモンによって終始メスを同種のメスとして識別できている。
また、オスメス両方とも複数回交尾が可能という点も見逃せない。オスは交尾後に捕食されるのが必然であるなら、何度も交尾できる能力は必要はない。
更に実をいうと、交尾の際にオスが食べられてしまう確率というのは自然界ではむしろ低い。 オスはメスに食べられるのを全身全霊で避けているためだ。
交尾相手のメスを見つけると、オスはときには何時間もかけて極力慎重にメスに近づく。うまく先手を取ってメスの背後に回り込むことができれば、カマでメスをしっかり押さえて事を果たし、無事離脱できる。 しかし、体の大きなメスに勝てず、襲われて食べられてしまう、ということが時としてある。
このような事態に備えて、オスは前述のように体の大部分を失っても生殖行動を続けられるような仕組みを備えているのだ。 決して食べられることを前提した仕組みというわけではなく、残念ながら離脱できなかった場合にも目的を完遂するための、極めて英知的な能力というべきだろう。
交尾後にメスがオスを捕食するという話が、事実とはいえ少しゆがんだ形で広まったのはなぜだろうか。
ファーブル昆虫記にその事例が紹介されていたということもあるが、多くはカマキリの交尾の観察を、虫籠のような密閉空間で行ったことにあると思われる。 自然界であれば、オスは夜間に闇にまぎれて交尾を行い、速やかに離脱、というのが可能だ。 しかし、閉鎖された環境ではそうはいかない。たとえ無事に交尾が済んだとしても、その後餌と間違えられてメスに食べられてしまう、というのは力量差を考えれば当然の話だ。
もともと悪食のカマキリは、餌が極めて少ない状況では共食いをしてしまう。これは雌雄の別なく、弱肉強食である。虫籠の中に数匹のカマキリを入れて餌をやらずに置けば、数日後には一匹だけになっているだろう。
こうした現象と、交尾の際のメスの捕食が混同され、メスは交尾の時に必ずオスを貪り食う、という誤解が広まったものと考えられる。
確かにメスはオスを食べたくて食べているわけではないが、ちょっと擁護するには分が悪い。亭主(というにはあまりに弱小だが)を仲間とも思わず食ってしまうことにはかわりない。むしろ、オスは捕食されるのを必死で避けようとしていることを考えると、ますます同情したくなる。
結局のところ、メスの暴力的なまでの強さと、オスの健気さを再確認する結論にならざるを得ない…
吸血コウモリが役に立っている!?

「ヴァンパイヤ」などの吸血鬼は、しばしばコウモリの姿で描かれたり、コウモリを手下としていることがある。 また、群れをなしたコウモリが人間を襲って血を吸う−といったイメージが、どこで見たとは判然としないものの漠然とあるのではないだろうか。
もちろん、多くの人が気付いているとおり、実際にコウモリが人の血を吸って致命傷を与えることはまず無いといっていい。
コウモリはとても繁栄している哺乳類で、1000ほどの種類があり、個体数も大変に多い。哺乳類の中で個体数が最も多いといわれるほどの勢力なのだ。
大きさも様々で、3cmほどしかない哺乳類最小クラスのものもいれば、翼を広げると1.7mにも達する種類もある。多様な生活スタイルを持つコウモリ達だが、昆虫や果実を食べている種類がほとんどだ。
だが、動物の血を主食とするコウモリは実在する。 「チスイコウモリ」というグループがそれだ。
チスイコウモリは3種しかいない小さな種族だ。つまり、1000種近いコウモリのうち、血を主食とするのはたった3種、ということである。
しかも、シロチスイコウモリとケアシチスイコウモリはニワトリなどの家禽の血をとる。豚や馬、牛そしてロバなどの哺乳類の血をとるのは、ナミチスイコウモリだけだ。
チスイコウモリはメキシコからアルゼンチンまでの南アメリカに分布している。いずれの種も、体重は約15〜50g、体長約6.5〜9.3cmと、小型の部類に入る。
チスイは「血吸」の意味であり、いかにも吸血コウモリ的な印象を与えるが、実際には血を「吸う」わけではない。 彼らは獲物の皮膚を鋭い門歯と犬歯で切り裂き、そこから出てきた血をなめとるのである。
血をとるときは、まず眠っている獲物の皮膚をなめてやわらかくする。それから毛や羽毛をかりとり、するどい門歯を皮膚につきさして、でてきた血を舌でなめとる。1晩に約20ミリリットルの血をとるとみられ、これは体重のほぼ半分にあたる。消化するにも時間がかかるため、吸ったあとは長時間休んでいなければならない。
チスイコウモリの唾液には皮膚の感覚を麻痺させる成分が含まれており、獲物をやすらかに眠らせたまま血を飲むことができる。
更に面白いことに、この唾液から「ドラキュリン」という血液の流れをよくする薬ができるのだ。ドラキュリンは心臓発作や脳卒中の治療につかわれている。チスイコウモリの唾液に含まれる血を固まりにくくする成分は、現存する同じ効果のある薬より20倍も作用が強いといわれている。
このように、意外にも人間に貢献してくれている「吸血」コウモリ。
人が噛まれることはめったに無いが、稀に傷口から狂犬病などの感染症にかかってしまうこともある。やはり噛まれないに越したことはない。
もちろん、日本にはいないのでまず心配はいらないのだが。
鳥の「かけあわせ」は作れるのか
動物の世界には、違った種類同士を交配させて誕生させた「雑種」がいる。
例えば、ライオンとヒョウのかけあわせの「レオポン」、イノシシとブタの「イノブタ」、ロバとウマの「ラバ」などが有名だ。
でも、鳥類ではこうした雑種がいるという話はあまり聞かない。鳥のかけあわせは存在しないのだろうか。
実は少ないケースだがいくつかの雑種が知られている。
まずは、「ジュウシマツ」と「文鳥」をかけあわせた「ブンジュウチョウ」。
ジュウシマツを少し大きくした感じで、色はかけあわせる文鳥の種類によって変わってくる。白文鳥とだと灰色、桜文鳥とだと黒っぽい色をしている。
ジュウシマツのかけあわせは、「キンカ鳥」との「キンジュウ鳥」と呼ばれるものもある。「キンパラ」「ギンパラ」「コキン鳥」などとも交配させることができるようだ。
ジュウシマツは鳥の中ではかけあわせに適した種類のようで、性格が大人しく、違う種類の鳥とも仲良くなりやすい。卵を育てるのが上手という面もある。 だから卵を産むのはジュウシマツのメスの役目。 文鳥やキンカ鳥のオスの中でも性格がおとなしくて人になついたのと結婚させるそうだ。
もう一つ、小鳥の中でかけあわせが可能なものとしてはインコ類がある。
インコを飼ったことがある人なら想像に難くないと思うが、
インコは性格がきつめで違う種類同士とは仲良くなりにくい。だから、例えばセキセイインコならその種類だけを同じかごで飼う。
しかし、小桜インコとボタンインコはどういうわけか相性がいいらしく、愛鳥家の間ではいくつかの種類でかけあわせが成功している。
このように、鳥のかけあわせは存在はするが、かなり珍しいものなのだ。
しかしそれなら、なぜ試みがもっと盛んにならないのだろうか。商売としても成功しそうなものだが?
ところが、かけあわせた雑種の鳥は、苦労して作った割には色が綺麗ではないという。色が混じってくすんだ色で、魅力的ではないのだ。汚い色や醜い模様などは優性遺伝で、二世の鳥はそういう悪い部分ばかり受け継いで生まれてくるらしい。
そんなわけで、ニーズもない上に、いいことが何もない、というのが鳥の雑種なのである。やはり生き物はあるがままの姿が自然で一番、ということか。
海底の驚異の生物、ナマコ

日本三大珍味のひとつ「このわた」。これを肴に晩酌をするのが最高だという人も多い。
「このわた」は「ナマコのはらわた」が縮まった呼び方である。 ナマコの腸をよく水洗いして異物を取り除き、塩につけたものが「このわた」だ。海の香り、ほのかな甘み、そして奥深い味わいに取り付かれた人間は数知れない。
しかしそうした珍味は楽しんでも、ナマコの生態に関心を持つという人はあまりいない。 せいぜい、海の底でのんびりしているソーセ−ジのような生物、と思われがちだ。だが実際の所、ナマコほどユニークな海の生き物もそういないのである。
約1,100種が確認されているナマコ類は浅瀬から深海に至るまで世界中の海域に生息しており、大きさも多様だ。小さなものは2cmしかないが、最大のものはなんと5mにも達する。もっとも、10cm〜30cmくらいの種類がほとんどである。 5mのナマコなんて、彼らには申し訳ないが想像したくもない。
深海にすむナマコは特に興味深い。 推定によれば水深8,000mにすんでいる生き物の総量の90%以上を占めており、主な生息物がナマコという海溝もあるという。 深海はナマコの天国だったのだ。
信じられないかもしれないが、深海で暮らすナマコの中には泳げるものもいる。特に、水深3000〜6000mに生息する体長20cmほどの「ユメナマコ」が有名だ。
ユメナマコはクラゲのように頭の「傘」を開いたり閉じたりして泳ぐ。足に見える部分も尾びれのように水をかいて推進力を得ることができるのだ。
ユメナマコの他にも泳げるナマコは多くいるが、みな皮膚が薄くて柔らかく、ビニール袋のように深海の高い水圧に耐えられるようになっている。
ナマコは護身方法も多彩で天才的だ。驚くような仕掛けを隠し持っていて、危険を感じるとそれを使う。例えば、ねばねばした長い糸を何本も放出して敵にからませたりする。これはすぐに固まってしまい、髪の毛などについたら接着剤を頭に塗ったようなもので悲惨極まりない。イカのスミより強力な武器だ。
また、魚にとっては致命的な「ホロスリン」という毒を持つナマコもいる。ホロスリンはサメも嫌がるほどの毒だが、人間には大きな害はないので、この毒で漁を行っている島もある。
ナマコの防衛手段でもっともインパクトのある奥の手は、自分の腸を吐き出してしまうことだ。 飢えた敵の目に、残されたまずそうな皮袋より内臓のほうが魅力的に映るのは当然で、絶妙な目くらましになる。 もちろん、吐き出した腸は元通りに再生する。ナマコはヒトデと近縁種で、同じように再生能力が高いのである。
こうした非常にユニークな生物であるナマコだが、何か役に立っているのだろうか?
ナマコは有機物を含んだ海底の泥を黙々と食べる。まるで掃除機のように海底を浄化し、大量の沈殿物を飲みこんでこし取り、後にきれいな砂を残していく。サンゴ礁など砂がきれいな場所はナマコの功績による所もある。
人間にとってもナマコは有用だ。前述のように素晴らしい珍味であるし、体から抽出される物質は関節炎の治療や血圧を下げたりするのに使われることがある。ナマコを加工して作った、ビタミンやミネラルのサプリメントも存在する。 さらに、ナマコの毒から新薬が開発される可能性もある。
奇妙奇天烈と呼ぶにふさわしい生物、ナマコ。
酒の肴に「このわた」や「いりこ」を食べるときも、彼らの海での暮しぶりを知っておくと、話にも花が咲いて、よりうまい肴になってくれるに違いない。
ナマコの写真:( Photo by (c)Tomo.Yun
)
ナマコの写真の高解像度版
珍妙さ爆発、チョウチンアンコウの生態


深海には大変面白い奇妙な生物が多く生息している。
その中でも代表的なのが「チョウチンアンコウ」だろう。
アンコウの仲間にも、鍋物にするキアンコウなど食用になるものもいるが、チョウチンアンコウは外見からして食べられそうにない。
だが、自然界の変なカタチをしたものは例外なく面白い性質を持っているものである。彼らはそれを身を持って証明してくれる生物だ。
チョウチンアンコウの面白さといえばまず、疑似餌の役目をするチョウチンの存在だろう。この釣竿のような部分は背びれが変化してできた器官で、「イリシウム」と呼ばれる。ま、釣竿のほうが通りがいい。 そして釣竿の先端についているチョウチンのようなフサ、これは「エスカ」という。ま、チョウチンのほうが分かりやすい。
さて、チョウチンアンコウはこのエスカを振って獲物を誘い、エサだと勘違いしてやって来た小魚を飲み込んでしまう。このエスカは多くのチョウチンアンコウ亜目の魚に見られるが、すべてが発光するというわけではない。中にはイリシウム(釣竿)がないものもいる。
では、このエスカはどういう仕組みで光っているのだろうか。
チョウチンアンコウの場合、発行する性質のある細菌※を飼っているという。
なんだか、蛍を集めてその光で勉強したという中国の故事を思い出させるような話だ。 だが、蛍の光はルシフェリンという化学物質の変化によって起きるもので、体内に細菌を飼っているわけではない。つまり、蛍の発光とチョウチンアンコウの発光の仕組みは全く違うと思っていい。
また、チョウチンアンコウはこの液状の発光体を噴出することもできるという。
目撃例がないので確かなことはいえないが、目くらましに使うのかもしれない。
だがチョウチンアンコウの奇妙さはこれにとどまらない。
なんと、オスはメスに寄生して完全に癒合し一心同体になり、しまいにはメスに吸収されてしまうという。#
オスはメスを見つけると体に噛みつく。その後、お互いの皮膚が癒合して血管もつながり、オスはメスからの栄養補給を受けて生きる事になる。しかも、時には数匹のオスが寄生していることもあるという。
メスの体長はおよそ60cm。そしてオスは、なんと4cmほどしかないのである。
これはオスの役割が生殖活動以外にないため。産卵が必要なメスのように体を大きくする必要がないからだと言われている。
なんだか究極のヒモといった感じだが、オスよ、それでいいのか…
※エスカの中の細菌はどのような仕組みで発光しているのかという疑問もわいてくるだろうが、これはかなり難しい話になってくるし、話を複雑にするのでここでは扱わなかった。
#実は「チョウチンアンコウ」と呼ばれる一種類自体のオスは寄生を行わない。だが、「ミツクリエナガチョウチンアンコウ」などは寄生を行なう。(ただし、ミツクリエナガチョウチンアンコウは、チョウチンアンコウ科ではなくミツクリエナガチョウチンアンコウ科の魚類である)
ゾウの鼻は針もつかめる!

「キリンさんが好きです、でもゾウさんはもっと好きです」という某引越し社のCMにあったように、ゾウは広く愛されている動物といえる。
おとなしく、のんびりしていて、それでいて力が強い。頭もよく、山間部の多い国では訓練されたゾウが荷物運びや材木の切り出しなどに使われている。 また、特徴的な長い鼻も、愛される要因のひとつだろう。
この鼻だが、上唇と鼻が極端に発達したもので、全て筋肉でできており骨はない。
ゾウの視力はあまり良くなく、頭も大きく動かすことはできない。そのため耳や鼻から得られる情報に頼ることになり、これらは大きく発達しているのである。
ゾウの鼻は匂いをかぐ以外にも、草をむしったり、木の実をとったり、水を口まで運んだりと、人間の手のような働きをしている。 もちろん、鼻としての機能もきわめて高く、空中に高く掲げることでわずかな匂いも感じ取ることができる。
さらに、鼻の先端には「指状突起」と呼ばれるものがついており、これと鼻腔の吸引によって、なんと針ほどの大きさでもつかめるという。実に精巧な鼻なのである。
現在生息しているゾウはアジアゾウとアフリカゾウの2種類しかいない。体が大きく、耳も布団のように広がりを持つのがアフリカゾウで、比較的小柄で耳も小さいのがアジアゾウである。前述の指状突起はアジアゾウは一本、アフリカゾウは二本と、細かいところにも差異がある。
ゾウは寿命も人間と同じくらい、主に血縁関係にある固体で群れを作り、子供をしつけるなど親近感が持てる生活をしている。子供の頃よくしつけられなかったゾウは凶暴な不良ゾウになることがあるそうで、これも人間と同じである。肩をいからせて歩くのだろうか。
また、ゾウは葬式をするとも言われている。死んだゾウの前に一列に並び、順番に優しく鼻で体を撫でてやる。時には花をそえることも目撃されている。 なんとも胸が熱くなる話である。
ちなみに、ゾウは長老のメスが群れを率いるという、母権制度の社会性を持つ。アフリカゾウに至っては成熟したオスは群れを追い出されてしまい、寂しく単独で暮らすか、同じような仲間で群れを作るようになる。
こういうところまで人間に似て…ゲフンゲフン、これ以上は言わないでおこう。
海の不死鳥、不老不死のクラゲ


手塚治虫の代表的な作品のひとつに、「火の鳥」という漫画がある。この中で主軸として登場し、一貫した存在となっているのが「火の鳥」、フェニックスとも呼ばれる不死鳥だ。火の鳥は時間や空間を超越した生命体として描かれ、不死の命を持っており、その血を飲んだものは永遠の命を手に入れられるという。 そして、時が来ると自ら燃え出し、数日間燃えた後その灰の中から幼生として生まれ変わるのだ。
「不老不死」 そんな人類の夢を体現した作品だが、実は火の鳥そっくりの性質を持つ生物が実在する。「ベニクラゲ」がそれである。
ベニクラゲは花クラゲ目に属する体長1cm前後の小さなクラゲで、オセアニアや太平洋、大西洋など暖かい海の浅いところに生息する。日本でも北海道から沖縄にかけて広く分布している。体は透明だが、中心部に赤い器官を持つ。
このクラゲが若返りの性質を持つということが確認されたのは1994年イタリアでのことで、比較的最近だ。 大学の学生が世話を忘れ、放置されていた水槽から、とっくに死に絶えたはずのクラゲが生まれたばかりの姿で存在していたのである。 そしてその時水槽内にいたクラゲこそ、ベニクラゲであった。
では、海にすむ不死鳥とも言えるこのクラゲの若返りのメカニズムを見ていきたい。
ベニクラゲの若返り現象を解明する前に、普通のクラゲの一生を説明しよう。
クラゲは魚などとは違い、誕生から死までをひとつの姿で過ごすわけではない。種類によって個性があるものの、基本的には「ポリプ型」と「クラゲ型」の二つの形態を複雑なライフルサイクルの中で交互に変化させている※。 ポリプとは、口が上にあり、イソギンチャクやサンゴのように触手がその回りに生えている状態のこと。イソギンチャクはポリプの典型である。
そして普通のクラゲ−例えばマミズクラゲ−は、このポリプの状態からクラゲ型の元となる芽を出し、傘を持ったクラゲ型へと変化する。 更にこの状態から有性生殖を行い、プラヌラ幼生と呼ばれる子孫を残し、自らは溶けて死んでゆく。この幼生が岩などに付着して再びポリプを形成するのである。
例えば、植物は地面に落ちた種から芽が出て生長し、やがて再び種を落として枯れてゆくが、これと同じようなサイクルだと考えていただければ分かりやすい。
さて、ではベニクラゲに話を戻そう。 さっき、普通のクラゲは有性生殖後には溶けて死ぬと述べた。ところがベニクラゲの場合、有性生殖を行い老衰で死ぬ寸前、再び団子状になって根を延ばしポリプへと若返るのである。 この奇跡はわずか2日足らずのうちに起こり、ポリプから再び若々しいクラゲへとなって泳ぎだす。 一個体が自然死しない、不死の生物といえる。
まさに、死期が近づくと自らの体を燃やし、若鳥となって甦るという「火の鳥」そっくりではないか。
奇跡的ともいえる特性を持つベニクラゲ。現在、様々な国で研究が始められつつある。我々の常識を足元から覆す、この1cm足らずの生物に今後ますます注目が集まっていくだろう。
※クラゲの生態は種類によってきわめて多様で、一概に述べることは出来ない。例えば、毒を持つカツオノエボシなどは小さな個体が役割を分担し合い、ひとつの大きなクラゲ型を有している。
参考サイト:ベニクラゲ研究室様 紀伊民報AGARA様 リンクについてのご意向を尊重し、URLを記載するに留めさせて頂きます。
トップページ:http://www.agara.co.jp/index.html
参考記事:http://www.agara.co.jp/DAILY/20031005/20031005_001.html
金魚のルーツを探ると?

金魚は夏の風物詩として我々の意識に深く沁みこんでいる魚である。
夏祭りには、やはり金魚すくいがなくてはならない。
ほんのり明るい提灯のもと、浴衣姿の少女がポイ(すくい網)を片手にしゃがみ、泳ぎ回る金魚を真剣なまなざしで見詰めている−ああ、これこそ日本の夏である。まてよ、金魚を袋に入れて持っている浴衣姿の少女のほうが…
…なんの話だっけ。そうそう、つまり金魚は身近な魚だということが言いたかったのだ。
だが、身近にも関わらず金魚のルーツは余り知られていない。鯉を小さくしたようにも見えるが、デメキンやイラストのようなひらひらした感じの金魚はいったい?
金魚はコイ目コイ科の魚なので、鯉の仲間には違いない。金魚の多くは8〜15cmだが、中には30cmになるものもいる。こうなるといよいよ鯉と区別がつかない。だが、見分ける重要なポイントがある。それはヒゲだ。金魚にはヒゲがないのである。実は金魚はフナ属で、フナの品種改良・交配を長い年月をかけて重ねていったものなのだ。つまり金魚はコイ目コイ科フナ属ということになる。
金魚は4500年以上の繁殖の歴史を持っているとされ、人間と共に長い世代を生きてきた仲間である。またとても長生きで、70年という記録も残っている。上手に飼いさえすればまさに一生の友となるのだ。
夏祭りですくってもいいし、ペットショップにでもいけば数十円から金魚が売っている。生活に色彩りを添える意味でも、是非飼ってみてはいかがだろうか。
「アリは協力して働く」はウソ!?

ふと庭先に目をやると、アリがお菓子のクズのようなものを運んでいる。時には死んだ蜂や小さな虫なんかを運ぶこともあるかもしれない。 あまり大きなエサだと一匹では運ばず、何匹かで運ぶ。そんな風景を見て、大抵の人は「ああ、協力して獲物を運んでいるんだな」、と思ってしみじみするかもしれない。
ところが、この話を聞いたら感心しているどころではない。実は、アリは協力して獲物を運んでいるのではなく、それぞれが勝手な方向へ引っ張っているのである。そう、アリたちは自分勝手な方向へエサを引っ張り、独りよがりに仕事をしているのであって、決して協力しようとか手を貸そうなどと考えているわけではないのだ。
もしも、一つのエサを何匹かで運んでいるのを見かけたらよく観察していただきたい。一応獲物はある方向へ引っ張られていくだろう。 一匹がエサを北に向かって引いていても、二匹が南に向かって引いていれば結局南へ向かうからだ。 もし、この一匹をエサから放したら二匹はずっと早い速度でエサを運ぶ事ができるはずである。
だから、二匹がエサを運んでいるのに出くわしたら、一匹をエサから離して見るとこのことがよくわかる。もう一匹のアリは今までの二倍近い速さでエサを運ぶのである。
というわけで、アリたちは実は協力的な働き者のふりをしていたのだ。
アメリカの作家、マーク・トゥエーンは実に的確にこういっている。「アリは、間違った結論を下す思慮の浅い自然科学者が見ているときだけ、働き者を演じているのだ!」
チキンの美味しい脚

私が行っていた高校に鶏肉は全てダメという教師がいたが、そんな哀れな人は滅多にいないだろう。みんな鶏肉やフライドチキンは大好きなはずである。でなければケンタッキーフライドチキンはとっくに潰れている。
さて、このチキンだが、なんと左脚の方がうまいと言われている。左脚の方がよく発達していてしまった味になるというのだ。
その理由はまず、ニワトリが寝る姿勢にある。ニワトリは普通、左脚を上げて右脚で立って寝る。寝るときだけでなく起きているときも片脚で立っていることがよくある。片脚で立つ鳥といえばフラミンゴが有名だが、鳥類は多くが片脚で立つ習性を持っている。 ニワトリは右脚で立つというわけだが、そうすると右脚に体重がかかり、上げている左脚に較べて肉が硬くなってしまうのである。
もう一つの理由はニワトリが運動するときに左脚をよく使うということ。運動するから筋肉が発達し、やわらかくジューシーな風味になる。つまりニワトリは大半が左脚利きなのだ。
そういうわけで、フライドチキンを買うときは左足を買うのがお得である。
ただし、見分けられたらの話だが…
金魚が鳴く!

恐らく、ペットとして最も多く飼われているのが金魚ではあるまいか。
犬やネコは事情で飼えなくても、金魚ならと、多くの家庭が水槽に金魚を入れているはずである。お祭りでついつい金魚すくいをやってしまい、家族に加えられた金魚も少なくないだろう。
かように、実に馴染み深い魚であるが、この金魚が実は「鳴く」ことをご存知だろうか? 金魚の鳴き声はとても小さく、また鳴くこと自体まれなためこの声を聞けた人はまことにラッキーである。
金魚の鳴き声は「ギュッギュッ」という感じの音。鳴くといってももちろん声帯があるはずはない。ノドの奥にある歯をきしらせて鳴くといわれている。
実は、鳴く魚は金魚のほかにもトラフグやホウボウ、カジカなど結構たくさんいる。なかでもフグは海釣りでよく釣れるので、鳴き声に聞き覚えのある方もおられるだろう。
「ギュェッギュェッ」という恨めしそうな声である。また、ホウボウの名前はズバリ鳴き声から来ているといわれる。
金魚を飼っておられる方、ヒマな時は是非水槽の前で耳を澄ませてもらいたい。
犬はどうしてポチなのか?

犬といえばポチである。シロでもクロでもロッキーでもトップでもアタックでもない。 ポチなのである。
ああポチ、どうしてあなたはポチなの・・・なんてバカなこと言ってる場合ではない。 なにゆえ犬はポチなのか、その謎を今ここに明かそうではないか。
「ポチ」という名は実はフランス語のかわいい、小さいを意味する[petit]「プチ」からきているといわれる。プチがポチに転化したわけだが、ここで頭をよぎるのが花咲か爺さんである。花咲か爺さんには「ここほれワンワン」と裏の畑でなくポチが出てくる。ということは、ポチはもっと昔から犬につけられていた名ではないのか?
花咲か爺さんは室町時代末期から江戸時代初めにかけて成立したと考えられているが、実はその時犬はポチではなく、シロという名だった。ポチは後から親しみやすいようにとつけられたものなのだ。
よく考えてみれば、犬の名前がポチという先入観も花咲か爺さんから刷り込まれたものだと思える。実際にポチという名は人間の太郎や花子と同じであまり見かけない。
ちなみに英語でも犬のことを親しみをこめて[pooch]と呼ぶ。プーチという犬のおもちゃも売られている。 ありふれていると思っても実は少ない「ポチ」。犬を飼う時には思い切って付けてみてはどうだろうか。
ネコはどうしてタマなのか?

ネコはタマである。 ノラでもトラでもモモでもコマでもベーでもない。タマなのである。
サザエさんやタマ&フレンズを持ち出すまでもなくネコはタマである。 最近は一部のアザラシにもタマという名が流行ったようだが、それはひとまず置いとこう。
犬の代名詞ともいえるポチが外来語由来であることは前述したが、タマも外国語なのだろうか?いやいや、タマは純粋な日本語。語源は実に単純で「球になって寝るから」また「毛糸など球が好きだから」なのだ。 なるほどネコといえばこたつでまるくなっていたり毛糸を前足でつついてる様子が目に浮かぶ。
ちなみに小判を持っている招き猫、あれの名前もタマという。
私の家でも昔ネコを飼っていたがポポとチャビという名だった。 さすがにタマという名前を付けられたネコを実物で見たことないが、皆さんの周りではいかがなものだろうか。
※その他の「タマ」の由来についての投稿
肉食動物は栄養がかたよらないのか?

野菜が嫌いな子供いわく、「ライオンは野菜なんか食べなくたって強いもん!」こういわれるとお母さんも返す言葉がない。確かにライオンなど肉食動物は肉しか食べないがそれで栄養がかたよらないのだろうか。あんたも野菜を食べなさい、といってやりたいが彼らにとっては大きなお世話。心配いらないのである。
肉食動物の獲物はよほどのことがない限り草食動物である。 ライオンが狩をするシーンを思い出してもらいたい。ゼブラやその他の草食動物を追いかけているイメージがあるだろう。 そう、彼らは草食動物を食べることで間接的に植物の栄養も摂取しているのである。 実際、ライオンなんかはしとめた獲物の消化器官をまず食べるという。
いくら肉食動物とはいえ植物の恵みなしには体を壊してしまうのだ。
だが子供に「じゃあボク牛さんのお肉食べる。牛さん草たくさん食べてるでしょ、牛肉食べれば野菜もとれるよ」 なんて言われたらどうしよう。 大丈夫、そんなときはこう答えてあげればいい。
「わかったわ、今日からアンタの食事は牛の内臓だけね」
フクロウとミミズクはどこがちがう?

ミミズクがミミズ喰う。 ・・・・・・・さて。(恥) フクロウもミミズクも大した違いはない。フクロウとはフクロウ目フクロウ科の鳥の総称だが、「フクロウ」という名前のフクロウも存在する。 だからフクロウというからにはフクロウ目フクロウ科の「フクロウ」のことをいうのが正しいのだが、普通にはフクロウ目フクロウ科の鳥を指すことが多い。
ミミズクはフクロウ目フクロウ科の鳥のうち頭に耳羽(羽角、うかくともいう)を持つもののことをいうが、これは分類学的な区別ではなく俗なものである。ところでこの耳のように見える羽毛、実は耳ではなくただの毛の房だ。実際の耳の位置はもっと下、頭の両側で人間とほぼ同じ位置にある。
この房がある理由についてはよく分かっていないが、一説には山猫に似せるためだといわれる。なるほどこの房は猫の耳の位置と同じ。だが別に山猫に似せる必要があるとも思えない。 自分を強そうな動物に見せれば襲われにくくなるのは確かだが、ミミズクにはこれといった天敵はいない。※
そうすると意外とファッションでしているのかもしれない。 そうか、ミミズクの世界にも猫耳は流行っているのか…
※フクロウの卵やヒナを狙う蛇やイタチににらみを聞かせるためという説もあるが、一部のフクロウのみに耳羽が発達していることの説明にはならない。
クジラとイルカは別の生き物ではない!

燦々と輝く太陽、真っ青な海、その中を優雅に進む豪華客船。横を見れば愛らしいイルカたちがジャンプをしながらついてくる。なんとも平和な光景だが、これがイルカではなくクジラだったら一変して転覆の危機にさらされる。
かくも生態の違うイルカとクジラだが、実は両者の間に明確な区別は存在しない。
クジラは大きくヒゲクジラと歯クジラの二つに分けられる。ヒゲクジラの代表はシラナガスクジラやザトウクジラ、歯クジラはあのマッコウクジラが有名だ。 そして実はイルカは歯クジラ類の仲間。クジラ目のうち大きなものを「クジラ」と呼んでいるのである。 逆に言えば小さなものはイルカやシャチ。シャチは獰猛な性格だが意外にもイルカの仲間ということになる。
クジラといえば潮吹きだが、ではイルカやシャチも潮を吹くのだろうか? そう、実は目立たないが小さく真上に一本吹いている。 水族館などで見る機会があったらじっくりとおでこの辺りを観察してみるとよい。

←イルカは頭にある穴から潮を吹く。
インコとオウムはどこが違う?


どうも動物の世界には、分類がヤヤコシイ方々が多い。
クジラとイルカといいチョウとガといい、まったく混乱させてくれる。
今回のインコとオウムもヤヤコシさのチャンピオンクラスかもしれない。
オウムもインコも「オウム目」という種に属する。そしてオウムはオウム目オウム科、インコはオウム目インコ科というわけである。
だが、実はオウム科にはわずか17種しかいない。オウム目の鳥は300種以上が知られているが、ほとんどがインコ科である。
では、彼らの違いは一体どこにあるのか。 これは、一般的にはオウム目の小型のものをインコと呼んでいる。つまり、オウム科の鳥であっても小さいものなら「インコ」と呼んでも問題はない。ただし、これは
慣例的な呼び方で、生物学的な分類としては「羽冠」つまりトサカのあるものがオウム、とされている。
それが証拠に、立派なトサカが印象的なオカメインコも実はオウム科なのである。
多くのインコ科の鳥は10〜30cmと比較的小型である。だが、スミレコンゴウインコなどは1メートルにも達することがある。大きさだけで決めているのではないのだ。
オウム類はおもに熱帯地方に生息するが、近年は生息地の減少で絶滅が心配されている種も少なくない。
ところが、日本では捨てられたセキセイインコなどが都市部に住み着き、群れで生活しているという。
一度飼い始めた以上、飼い主は責任を持って世話してもらいたい。捨てられたインコたちは、トサカにきてオウムになってしまうかもしれない。
ブッポウソウと鳴くのはブッポウソウではない!

実際に鳴き声を聞いたことのある人はそんなにいないかもしれないが、ブッポウソウという鳥がいる。 もちろん鳴き声が「仏・法・僧」と聞こえるからだ。
ブッポウソウと名付けられた鳥はハトぐらいの大きさで頭や風切羽は黒く、脚とくちばしが赤い。派手な彩色だがやや下品という人も。長野や岐阜などでは天然記念物に指定されている。
その鳴き声から古くから霊鳥として崇められてきたが、明治初期にブッポウソウと鳴くのは実際には違う鳥だと判明した。
真の声の主はコノハズク。(写真)20センチほどでフクロウの中でもかなり小さい鳥である。声は確かに「ブッポウソウ」と聞こえなくもないのだが実際には「フォッフォッフォォー」と、事前に言われなければ「ブッポウソウ」とは聞こえないだろう。
これらブッポウソウとコノハズク、コノハズクを声のブッポウソウ、ブッポウソウを姿のブッポウソウと呼んでいる。
姿のブッポウソウの鳴き声はといえば「ぐぇぐぇぐぇっ」といった感じでガチョウが鳴いているようだ。
キャンプなんかに行ったとき夜に「ブッポッソー」と聞こえたら、それはコノハズクである。 「ブッポウソウって鳴くのはコノハズクなんだよ」なんて話をしてやれば家族から見直されて株が上がること請け合いである。
どうしてインコや九官鳥はしゃべれるのか?

インコ類は鳥の中では最も人気のあるペットである。セキセイインコは手ごろな価格で買えるし、見た目にも美しい。よく馴らせば手乗りにすることも可能でとても愛らしい。更に人の言葉を話すことができるという大きな魅力もある。 ところで、インコはどうしてしゃべることができるのだろうか。
しゃべれる鳥はインコ、オウムのほかに九官鳥がいるが、実はあのカラスもしゃべることができる。しゃべるカラスにはなかなかお目にかかれないが、カラスは元来利口な鳥。人語を話すぐらい朝飯前なのかもしれない。
これらの鳥はみな舌が厚く丸みを帯びていて人間の声帯に似ている。また上のくちばしが可動性で口を比較的大きく開けられるのだ。
九官鳥などに覚えさせる言葉は昔から「おタケさん」というのがある。 人間でもそうだが、カ行やサ行は発音しやすい。トヨタのクルマはカルディナ、クラウン、カローラにセリカやセルシオなどカ行サ行のクルマが特に多い。これも人に覚えてもらいやすくするためだという。
鳥に言葉を覚えさせるのは高くて澄んだ女性の声が向いている。「○○ちゃん、オハヨウ」など愛情を込めて話しかけてあげればきっと愛鳥も答えてくれるものだ。…もっともカラスが好きだという人、馴らすには少々てこずるかも知れないが。
動物園の熊は冬眠するのか

まずこの答えは「NO」である。野生の熊がするのは冬眠ではなく冬ごもり。擬似冬眠とも言う。 冬眠と冬ごもりの違いはその活発度。冬眠はおもに爬虫類や両生類、一部の哺乳類が行なうが、新陳代謝が極めて不活発で仮死状態に近い。
対して冬ごもりは体力の消耗を避けてねぐらに閉じこもることをいう。
爬虫類は変温動物なので気温が下がると自分の体温も下がり、活動できなくなる。それで冬眠するわけだが、熊など哺乳類は恒温動物つまり体温が一定しているので活動できないということはない。だが冬場は食べるものもないし体力を消耗しないように巣の中で静かにすごす。これが冬ごもりである。
では仕切りなおしということで、動物園の熊は冬ごもりするのだろうか?
これまた「NO」だ。 動物園の熊は例え北海道の熊であっても冬ごもりすることはない。なぜなら、熊が冬ごもるのは寒さのせいではなく皮下脂肪が厚くなることが条件だから。冬に備えて秋場に大量に食べ厚い皮下脂肪を蓄える。 だが動物園では食べ物の心配はなく脂肪を蓄える必要もない。冬ごもりする理由がないというわけである。
動物にも利き手や利き足はあるのか?

科学の研究「なぜ右利きが多いのか?」でもちょっと触れたが
、動物にも利き手(足)がある場合は少なくない。 サルやネズミなどは左右半々ぐらいで利き腕があるという。 四足歩行の動物は利き手がないといわれるが、ネコなど前足をよく使う動物には「利き足」が見られる場合もあるらしい。
また面白い所では、シオマネキというカニのオスは総じてどちらかのはさみが大きく、もう片方の10倍近くある。それがまるで人間の利き手のようにどちらかが大きいのだ。
これら動物の利き手利き足は人間の場合と少し違うかもしれない。 動物の場合生まれた時点では当然利き手はない。それが何かの都合で右手を多く使ったとする。例えば木の実を取るのに右手の方が近かった―などだ。すると右手に多めに筋肉がつく。こうなれば更に右手を使う様になり、結果として右利きになるわけだと思う。 もちろんこれは左手にも同じことが言える。動物の利き手の割合が半々なのは、初期の頃右手左手どちらかを多く使う確率が半々のためだと思われる。
ちなみに人間の場合、もともと左利きだった人が右を使う様に矯正されても、左利きというのは変わらない場合が多い。普段は右を使っていても、のこぎりをひくときやかなづちを打つときなど力を入れる場面では左の方が力が多く出るのだ。 また、歴史に名を残す人には左利きが多い。右利きの人とは脳の使われる部分が若干異なるためだろう。
駅の自動改札などは左利きの人にとっては非常に使いにくい。圧倒的に右利き優位の世の中だが、左利き専門のものを取り扱っているお店もある。めげずにがんばって欲しい。
魚のおなかが白い理由

魚の全部が全部というわけではないが、一部の熱帯魚など以外は大体腹が白くなっている。 「日焼けしないから白いんじゃないの?」なんていう声も聞こえてきそうだが、そうではない。 この謎は魚の住む環境を考えてみると解けてくる。
魚の目は上に付いている場合が多い。水面の虫や小魚を見つけやすくするためである。 逆に言えば、魚にとって一番怖いのは死角である下からの攻撃なのだ。 しかし腹が白ければ太陽の光に溶け込んで下からは見にくい。 つまり白い腹は保護色というわけだ。
また、海面の浅い所に棲む魚は背が青くなっている。ウミネコやカモメなどの鳥から見えにくくなるのだ。
だがそういえば最強の魚である鮫の腹も白い。鮫も恐れる未知の生物がいるのだろうか…?
カバは血の汗をかく!


家族サービスでたまの休日に動物園へ…
まことに結構だがカバのコーナーでは気をつけた方がいい。動物園で一番怖いのはライオンでもヒョウでもなく、カバかもしれない。 というのも、カバはしっぽで糞を飛ばしてくるのだ。せっかくおめかしして出てきたのにカバのウンチまみれ、なんてことになったら楽しい休暇も台無しである。
ところでカバは「血の汗」をかくといわれる。 陸にあがったカバの皮膚を見ると、まるで皮膚から血が滲み出しているかのように見えることがあるのだ。 しかしもちろんホンモノの血ではない。
この赤い分泌液は日焼け止めのような効果がある。カバは熱帯に住む動物なので、強い日差しや乾燥から皮膚を保護する必要があるのだ。
カバの「汗」は粘り気があり、最初は無色だが時間がたつにつれて赤く変わり、最後は茶色のプラスチックのようになる。茶色になる際、アルカリ性から強い酸性に変化し、強力な消毒剤としての効果もある。そしてこの茶色の皮膜は紫外線を吸収する。
市販の日焼け止めも真っ青になるくらいの効能である。
こんなに優れた効果があるなら、研究して新しい日焼け止めでも作れないものだろうか?
残念ながらそれは無理らしい。カバは数が少ない上、この赤い汗はとってもクサイのだそうだ。
あえて嗅ぎたいという物好きな人は、動物園に行ってみてはいかがだろうか。 もちろん、糞にも十分に注意していただきたい。 わざわざ不快な匂いを嗅いだ上、ウンチだらけなんてことになったら目も当てられない。
肉食と草食動物の目の違い

ウサギなど狩られやすい動物は敵のわずかな気配にも敏感である。 弱者は、本能的に相手が敵かどうか、肉食動物かどうかを咄嗟に見分けることができるようだ。
肉食動物と草食動物の顔を正面から見てみると面白いことに気付く。
捕食者は目が顔の前面についており、被捕食者は顔の横に位置しているのだ。
これは肉食動物の場合獲物の位置を把握し遠い所まで見渡せるようにするため。両眼の間が狭いと相手までの距離をはかりやすくなるのだ。
一方弱者の草食動物は広い範囲を見渡せるように目が横についている。ゼブラなどは真後ろ以外ほとんどの角度を見ることができるという。
つまり目の位置を見れば弱者か強者か分かるというわけ。 我々人間はというと…思い切り前方を向いている。やはり人間サマは強いということか。
チョウとガはどこが違う?

綺麗なのがチョウで汚いのがガ。そんな簡単な定義で片付けられれば苦労はしない。 綺麗なガもいれば汚いチョウもいる。 と、いうわけで申し訳ないがチョウとガにも明確な区別は存在しない。
だが「まあこんなもんだろう」という便宜上の定義はある。
まずよく言われるのが花などのとまり方。チョウは羽を閉じてとまりガはべたりと開いてとまる、という。全体的な傾向はそうなのだが、開いてとまるチョウもいれば閉じてとまるガもいる。
昼間活動するのがチョウ、夜活動するのがガ。これはどうか。 かなりいい定義である。ほとんどのチョウは昼間活動する。だが、熱帯には夜明けや夕方に飛ぶものもあり、夜行性のチョウもわずかながら存在する。ガも寒冷地などでは昼間活動する場合もある。したがってこの定義も絶対ではないのだ。
とすると一番はっきりしているのは触角かも知れない。チョウの触角は一般に昆棒状でピンと伸びているのに対し、ガのそれはブラシのように広がっている。 …ところがこれまたまっすぐな触角をもつガもいればブラシのような…ああ、もういいや!
死んだ蛍は光るのか?

夏といえばホタル。都会で見られないのはもちろんのこと、最近は田舎でも見られる場所は少ない。 しかしそれでも夏の風物詩はホタルだ。清少納言も枕草子で「夏は夜。・・・蛍の多く飛びちがひたる」と書いている。
世界には約1800種のホタルがいるといわれ、そのうちの30種ほどが日本に生息している。 ホタルの発光は冷光と呼ばれ、熱をほとんど出さないため変換効率が非常にいい。
発光はルシフェラーゼという酵素によって酸素がルシフェリンと呼ばれる物質と結合するときにおこる。 いわばルシフェリンが酸化するわけだ。 また無数に張り巡らされた神経によりルシフェリンと酸素の結合時間を調整し点滅を制御する事ができる。
この発光は化学反応のためホタルが死んでからもしばらく続く。昼間死んだホタルを夜見てみると弱くなってはいるが光っているのがわかる。
ホタルの光は相手への求愛、ラブサイン。死んでも愛を求めているのかと思うとなんとも切ないではないか。
蛇の尻尾ってどこからどこまで?

ぱっと見では全身尻尾のような気がする蛇。一体こいつに胴体と尻尾の区別があるのだろうか? ある。
非常に単純だが、肛門から後ろが尻尾、それより前が胴体である。
これは結構いろんな動物に共通のようで、どこから尻尾なのかわからない場合お尻を見てみるといい。
田宮模型からリアルな恐竜のプラモデルが出ているが、ちゃんと肛門がついていてそこから後ろが尻尾である。
蛇の尻尾といえばガラガラヘビ。この蛇は強い毒を持っており、周りに警告を発するために音を立てるのだという説がある。 この音は、脱皮した皮の残りが尻尾にくっついていて、それがこすれて発生しているのだ。
サメの歯は実は歯ではない!?

サメといえば「ジョーズ」という映画に出てくる巨大サメを思い出す。 あの映画のせいでサメのことを英語でジョーズ[jaws]というのだと思っている人もいるが、ジョーズとは「(おおきな)あご」という意味。
サメはシャーク[shark]である。
サメの歯が抜けやすいことはよく知られている。 昔、海だったところの地層からはサメの歯の化石が沢山出てくる。 サメの歯は磨り減ったり獲物にかぶりついたとき抜けたりするとすぐに新しいものに生え変わり、一本の歯の寿命は8〜10日前後と驚くほど短い。
これほど定期的に歯を入れ替える事ができるのも、そもそもサメの歯が我々の思う歯とは違うからだ。 実はサメの歯は、「小歯状突起」と呼ばれ、鱗(うろこ)が硬く変化したものなのだ。
サメの口を内側から見てみると常時3本くらいの歯がストックしてあるのが見える。 それも正体が鱗だと判れば納得がいく。
人間様の歯もこんな風に抜け替われば歯医者要らず。入れ歯を作ったり虫歯に悩んだりすることもない。 なんとか遺伝子工学でサメの歯の遺伝子を人間に移植できないものだろうか。 …しかしモチを食べたくらいで歯が抜けてしまうのは困る…
鶴の一声―鶴の鳴き声って?

「雀の千声鶴の一声」といわれるように普段鶴はとても無口で滅多に声を出さない。―のだが、繁殖期の求愛ダンスのときにはやかましいばかりに鳴く。 繁殖期以外は声を出すことはあまりないが、切羽詰ったときには威厳のある美しい声で鳴くといわれている。
で、その声だが「キョロローキョロロー」と、文字にすればこんな感じだろうか。
高くて澄んだ声なのだが、一度聞いたら忘れられないものというわけでもないかもしれない。
ちなみに繁殖期の声はアニメ「魔女の宅急便」でキキと雁の群れが遭遇し、「風がくる」と雁が警告してくれたときの声、あれに似ている。といっても分かる人にしか分からないだろうが…
卵を産む哺乳類がいる!

我々人間を含め、哺乳類は胎生で生まれる、というのが常識である。 卵を産むのは爬虫類や鳥類、両生類その他。というより哺乳類以外の生物はほとんど卵生と考えてよい。 だが、世の中には型破りの生き物が確かに存在する。そう、卵を産む哺乳類がいるのである。
それは「単孔類」と呼ばれる種類の哺乳類で、カモノハシ類とハリモグラ類の二つしかないごく少ない種である。 言い換えれば卵を産む哺乳類はカモノハシとハリモグラのみ。 上のイラストがカモノハシだ。カモのようなくちばしを持つことからこの名が付いた。
単孔類は哺乳類の中でも最も原始的な部類に属する。 カモノハシは発見されたとき誰もその存在を信じず、カモのくちばしをくっつけた偽物だと考えられていた。その後あまりにも不思議な生態のため分類の議論が行なわれた。鳥類に分類すべきか、それとも哺乳類か。だが結局哺乳類に「単孔類」という新しい種を作ることになった。
そもそも哺乳類とは読んで字の如く母親が乳を飲ませて育てる動物のこと。カモノハシは乳首を持たないが、乳腺から乳が分泌され赤子はそれをなめとる。つまり哺乳するので、哺乳類になったのだ。
自然の神秘を垣間見ることのできる生物だが、地球は広い。まだまだ謎を秘めた動物が生息しているに違いない。
一卵性双生児の指紋は違うのか?

いわゆる双子には一卵性双生児と二卵性双生児の2つがある。一卵性双生児は1つの受精卵から生まれる双子のことをいい、同性で同じ遺伝子をもつ。もちろん血液型も同じだ。
しかし、指紋はどうだろう。指紋が同じ人間はふたりといないといわれる。DNAが同じならば指紋も同じになるのだろうか?
結論から言えば、一卵性双生児でも指紋は違う。だが、類似性が見られることがある。
指紋には大きく分けて巻き型、ひづめ型、弓型、変態紋の4っつの型がある。 一卵性双生児の指紋は完璧に重なるわけではないものの、これらの型が一致する場合が多いということだ。
知り合いに一卵性双生児がいたら指紋を見せてもらうといい。もしかすると、見ただけではわからないほど似ているかもしれない。
シロアリはアリの仲間ではない!

シロアリといえば家の柱を知らず知らずのうちに食い荒らして穴だらけにしてしまうにっくき昆虫である。 家屋に被害を与えるのは普通ヤマトシロアリやイエシロアリだ。 他の種のシロアリはコロニーと呼ばれる巣の中で生活するものが多い。シロアリ塚といって泥で作られた大きな塚も熱帯地方では見る事ができる。
さて、このシロアリだが、名とは裏腹にアリの仲間ではない。むしろゴキブリに近縁である。なるほど嫌われ者という点では共通項があるように思える。 ゴキブリは3億年も前から進化していないというが、シロアリもその仲間だけあって、
膜翅目のアリより原始的な透翅目に属する。 しかしその社会性は高度に複雑化していて、アリのそれに全くひけをとらない。 王、女王はもちろん働きアリや兵アリまでいるのだ。その統率の取れた生態は驚くべきものである。
害虫だといって嫌うのが人情かも知れないが、ちょっと内面を知るだけでだいぶ見方が変わってくるものだ。 ―でも、シロアリの駆除はお早めに。
シオカラトンボとムギワラトンボは違うの?

シオカラ、ムギワラといえばトンボの中でもかなりオーソドックスな部類にはいるだろう。 シオカラという名は腹部に生じる白粉が塩に似ているところからきたといわれる。またムギワラは緑がかった黄褐色、つまり文字通り麦わらの色をしている。
ところで、このふたつが同じ種類のトンボだということをご存知だろうか。 子供のころ網を持ってトンボを追い掛け回した経験のあるお父さんならしっているかもしれない。 シオカラとムギワラは見かけは違え、同じトンボ。だが、シオカラがオスでムギワラがメスなのだ。
このトンボは羽化した時はともに黄褐色で雌雄の区別がつかない。だが性成熟してくるとオスは腹と胸が黒くなり、全体的に青みがかっておなじみのシオカラとなる。
シオカラは春から秋まで観察できる。 一見違う種類に見えるトンボが仲睦まじくとんでいたらそれはきっとシオカラのつがいだろう。 そんなときはいたずらに捕まえたりせず、少しはなれたところから見るだけにしてあげよう。
不思議なカタツムリの生態

普段自然の中で見かける生き物の中でも、カタツムリほど不思議な生物はそういないのではないだろうか。「なにをいまさら、ただのぬめぬめした虫じゃないか」と思う方がいたらそれはすでに大間違い。 なにせ、カタツムリは虫ではなく貝の仲間。 イカやタコと同じ軟体動物なのだ。 背中のおうちも貝の殻と同じだと思えばなるほどうなずける。ちなみに陸上で暮らす貝にはキセル貝というのがいて、朽木などに棲む。形はまるっきり普通の巻貝だ。
カタツムリは一匹でオスメス両方の機能を持っている雌雄同体。キセル貝もそうだ。 相手が見つかれば交尾して、精子を交換し、両方が卵を産む事ができる。しかも相手がいないときは自分で受精することもできるというから凄い。 こうして生まれたカタツムリの子供はとても小さく3ミリくらいしかない。それでも一人前に自分の殻をもっているのだから驚く。 この殻は生まれたてには一巻き半しかないが、成長するにつれ巻き数も増えていく。 巻き数が年齢に比例するわけではないが、大きさを見れば何歳くらいのものか大体分かるという。
梅雨の時期はじめじめしてやなものだが、せめてカタツムリでも見つけて観察してみてはいかがだろう。 のんびりと歩くカタツムリを眺めていれば心持ちゆったり、鬱な気分も和らぐこと間違いなしである。
カタツムリの殻を取ったらナメクジになるのか?

ナメクジは「蛞蝓」と書く。 いかにもじめじめしてぬめぬめしてねちょねちょしてねばねばしてそうな漢字ではないか。 それにしても漢字変換機能とは便利なものだ。
さて、カタツムリの殻を取ったらナメクジになるのか? 実際にやってみりゃいいと思うが、殻を取ったら死んでしまうだろう。だから想像するほかないのだが、ナメクジに殻がついたのがカタツムリだとすればどうか。 こう考えるとカタツムリなんてのは余分なお荷物を背負っているだけで、ナメクジと大差ないことになる。
コウラナメクジというナメクジをご存知だろうか。背中にちょっとだけ甲羅の跡が残っているナメクジで、昔はこのナメクジにはカタツムリのように殻、あるいは甲羅があったと思われる。 つまり、ナメクジは殻が退化してしまったカタツムリという見方もできる。
よーいドンで競争させればナメクジの方が身軽な分だけ速いだろう。そのかわりカタツムリは丈夫な殻で身を守ることができる。 ちょっと方向性が違うだけで同じものという事ができよう。
要するにカタツムリはナメクジに毛ならぬ殻がはえたものだというお話。
ヤモリがガラスを歩けるわけ

ヤモリとよく混同される動物がイモリだ。ヤモリはトカゲの仲間で爬虫類だが、イモリはオオサンショウオの仲間で両生類である。
ヤモリがガラスにくっつく事はよく知られているが、実はイモリもガラスを登る事ができる。 1時間に30cmほどのペースだが、水槽で飼っている人は注意が必要だ。 もっともそんな状態ならとっくに逃げ出しているから注意しても仕方ないが・・・
では、ヤモリが垂直なガラスを登るカラクリを見てみよう。 ヤモリの足は吸盤状になっており、そのせいでくっつくと一般に考えられている。ところが、ヤモリは真空中でもガラスにくっつくことができるのである。ということは空気の圧力を利用した接着ではないということになる。もちろん吸盤効果はあるのだろうが、それが主な力ではないということだ。
もうひとつ有名なのは指先の細い毛をガラスの凹凸にひっかけている、というもの。摩擦力を利用しているというのだが、ヤモリはつるつるのガラスの上を走り回る事ができるのだ。 いくらなんでも細い毛の摩擦でこのグリップを得るのは難しい。
そこで今有力な説となっているのがファンデルワールス力(りょく)によるものである。
ファンデルワールスとは分子間に働く引力のこと。 分子同士は3〜5Å(オングストローム。1Åは1億分の1cm)まで近づくと引き合う力が生まれる。
ヤモリの足1本には50万本ほどの剛毛が生えており、1本の長さは30〜130μmほど。太さは髪の毛の10分の1と驚くほど細い。この毛に働くファンデルワールス力を測定したところ、ヤモリがガラスを歩くのに充分であることを証明する値が出た。
ぺたぺた吸盤をくっつけて登っているだけかと思ったら、実に高度な科学的計算を行なっていたのである。 ―ヤモリ、おそるべし。。。
ナマケモノって本当にナマケモノ?

ナマケモノといえば木にぶら下がってのんびりとしている動物、というイメージがある。 実際ナマケモノはほとんど動かない。ナマケモノという名称は言い得て妙である。
ナマケモノは動物園を除けばホンジュラスからブラジルにかけて分布しており、新芽や葉っぱを食べて生活する。 写真を見てみるとピエロに似ている気がしてならない。実に愛嬌のある顔をしている。ナマケモノはアリクイ目なので、なるほどアリクイの面影を残している。
ナマケモノは筋金入りのホンモノの怠け者だ。 筋肉が弱いため地面を移動するときはほふく前進するしかない。 腕立てでもしたらどうかと言いたい。 一生木にぶら下がったままだったというナマケモノも報告されているし、背中には藻が生えている。ヤマタノオロチみたいなヤツである。もっともこの緑色の藻は保護色になっていて敵から見えにくいという役割がある。ただでさえ微動だにしないのが、まわりの景色に溶け込んでいたら発見は絶望的だ。
ナマケモノが木から下りるのは排便や排尿など用を足すときぐらい。用を足したあとは穴をほって落ち葉で糞などを隠す。 こうすることで木に養分をやっているのである。ちなみに、用を足すのは週に約一回とこれまた非常にスローな周期。
だが考えてみれば彼らは非常にエネルギー効率のよい生活をしていることになる。ここまで消費カロリーの少ない生物も類をみない。 無駄にエネルギーを消費している現代人はむしろナマケモノを見習うべきといえよう。
よし、私も今日からナマケモノに弟子入りすることにしよう。…明日には免許皆伝になりそうだが…