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動物の研究

動物の研究

「お稲荷さん」に見るキツネの習性
キリンにはなぜ角があるのか?
「カマキリのメスはオスを食べる」の真実
吸血コウモリが役に立っている!?
鳥の「かけあわせ」は作れるのか
海底の驚異の生物、ナマコ
珍妙さ爆発、チョウチンアンコウの生態
ゾウの鼻は針もつかめる!
海の不死鳥、不老不死のクラゲ
金魚のルーツを探ると?
「アリは協力して働く」はウソ!?
チキンの美味しい脚
金魚が鳴く!
犬はどうしてポチなのか?
ネコはどうしてタマなのか?
肉食動物は栄養がかたよらないのか?
フクロウとミミズクはどこがちがう?
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動物の研究

 

「お稲荷さん」に見るキツネの習性

      

  油揚げの中にご飯を詰めた料理を通称「稲荷ずし」とか「お稲荷さん」などと呼ぶ。

この語源に関して気になっていた方も多いだろうが、よく言われるのは「油揚げがお稲荷さんであるキツネの好物だから」。

ではなぜキツネのことを「お稲荷さん」と呼ばれるのかは、「稲荷神社に祀られているから」ならば稲荷神社に祀られているのはどうして…?ということになるのだが、大抵この辺で分かったような分からないような、どうもすっきりしないがそこまで深く突っ込むようなことでもないか、という感じになってしまう 。

 ところが、稲荷神社とキツネの関わりを調べてみると、なかなか興味深いキツネの習性が明らかになってくるのだ。

 

 キツネが稲荷神の使いと同格にみなされるようになったのは、いくつか理由がある。まず、穀物や農作物を食い荒らすねずみを退治してくれる益獣であったこと。そのため、もともと農耕の神であった稲荷神の使いとして扱われるようになったのだ。

 また、キツネの毛色である黄色は、陰陽五行では土を表している。そのため、土を象徴する存在として農業の神として位置づけられたとも言う。

 

 というわけでキツネ=稲荷神、という図式は理解できる。しかし、そこに油揚げがどう関わってくるのか。

すぐに思いつくのはキツネの体色が油揚げのそれに似ている、という点だろう。 だが、実際に油揚げはキツネの好物だったと言われている。

昔話にもキツネに夜道で油揚げを奪われる話や、油揚げでキツネをおびき寄せる話がある。

しかし油揚げの原料は大豆であり、植物。肉食のキツネが油揚げを好んで食べる、ということがあるだろうか。

現在は肉製品が溢れており、キツネに油揚げは見向きもされないかもしれないが、仏教の影響が強く肉食が禁止されていた時代では、油揚げはかなりのご馳走だったはず。  「とんびに油揚げをさらわれる」という言葉もあるように、肉食動物は油揚げを好むようだ。

 

 面白いことに、かつて稲荷大社には油揚げが供えられていたという。

油揚げの匂いに惹かれて人里まで降りてきたキツネは、神社で縄張りを主張するためにそこらじゅうに匂いをつける。農家の人々は この匂いのついた神社の石を拾い、持ち帰って害獣対策に使ったという。

 同じことはオオカミに対しても言える。シカやイノシシなど、畑を荒らす獣を退治してくれるオオカミは、人々にとってまさに神のような存在であった。それを敬い、人々は「大神」と呼んだ、といわれている。

オオカミの場合はオコゼの干し魚などを神社に備え、おびき寄せた。やってきたオオカミはそこに自分の匂いをつける。匂いのついた石はイノシシやシカを避ける効果があるため、人々はその石を持ち帰ったという。

この石の効力はおよそ1年。1年たったら、新しい石を拾いに神社にいったのである。一説には、この風習がお札やお守りを1年毎に買い改めるという習慣の元となったといわれている。

 このように、油揚げは「お稲荷様の使い」のキツネを呼び寄せるためのエサだったわけだ。

「稲荷寿司」が食べられるようになったのは江戸時代、天保末頃のこと。稲荷寿司は「狐寿司」という別名もあったようで、キツネにつなげる発想が強かったことがうかがえる。 現在は、名だけ残って由来となる現象が消えてしまったものが多い。 食卓に上がる食べ物の語源というのも、考えてみるとなかなか面白い。 どうでもいいが、私は稲荷寿司には紅しょうがと醤油をつけて食べる派である。

 

 

キリンにはなぜ角があるのか?

      

 私が通った高校の物理の教師は、毎時間授業の初めに科学に関する疑問を受け付けていた。

高校生が想起するレベルの質問なら大概その場で答えてくれたが、質問をすると、実質授業時間が短くなる→テスト範囲が狭くなる、という見返りもあったため、質問の数は中々のものだった。 勿論私も(既に知っていることであっても)積極的に質問し、授業時間短縮作戦の先鋒隊を務めていたものだった。

 ところで、ある生徒が出した素朴な疑問に教師はその場で答えられず、帰ってネットで調べても分からなかった―という事があった。

それが今回の、「キリンにはなぜ角があるのか」という質問なのだ。

以後、私の中でこの疑問は頭の片隅から離れないものとなっていた。

最近、ついにその謎が解けたので、公開させて頂きたいと思う。

 

 普通、動物に角がある理由は一目瞭然だ。牛にしろ鹿にしろヤギにしろ、またトリケラトプスに代表される角竜であっても、角は「戦闘用」である。角を持つ動物はほとんどが草食動物だ。鋭い牙や爪を持たない彼らは、捕食者から身を守るため、また仲間同士の争いを解決するために個性的な形状の角を持っている。

 ところが、キリンに関しては立派な角があるにもかかわらず、その用途が想像しにくい。実際Wikipediaの「角」の項にも、キリンの角は「実際の用途は何もないため、進化前の名残りではないかといわれている。」と書かれている。(07年12月22日現在)

 なるほど、確かに長い首のてっぺんにある短めの角は一見何に使うのか分からない。首が長いのは高いところの葉を食べるためだが、角が捕食に役立とうはずもない。「用途が何もない」と考えられても不思議ではない。

 しかし、その結論はある先入観に支配されている。

「キリンが角を使って戦いをするはずがない」という先入観だ。

まさかあの長い首を振り回して角で戦いをするはずがない―そのまさかなのである。

他の角を持つ多くの動物の例にたがわず、キリンの角も「戦闘用」なのだ。

 

 キリンは10頭以下の小さな群れで暮らすが、オスは一頭だけ。よそからオスが群れに入るには、その群れのオスと決闘をして打ち負かさなければならない。 つまりはメスの取り合いのために、オスはしばしば戦うことを選択する。

決闘の際オス同士は互いに首の届く間隔で立ち、長い首をしならせてボディブローよろしく相手の胸を強打する。 角はその時の武器になるのだ。こうした戦いは「ネッキング」と呼ばれる。

強靭な長い首から繰り出される攻撃はすさまじく、目撃によれば1トン近い相手を1メートル近くも持ち上げることがあったという。

 実はこうした戦いは日本の動物園でもキリンの檻に行けば見られることがある。上記の例は多摩動物公園でNewton記者が目撃したものだ。

10歳になった子供が父親に対し、群れの座のをめぐって戦いを仕掛けたものだという。

 

 百聞は一見にしかずということで、謎を解くきっかけとなった貴重なキリンのネッキングの動画を紹介したい。これを見れば、キリンの角が「進化前の名残り」などではなく、立派に意味を持つものであることが分かるはずである。

 

 

 

 

 

「カマキリのメスはオスを食べる」の真実

      

   カマキリは身近な昆虫の中でも相当ユニークな部類に入るだろう。
逆三角形の顔、目つき、体型、そして鎌。
外見も抜群に特徴的といえるが、その生態もなかなかユニークだ。 産卵や捕食も興味深いが、 特に有名なのは「メスは交尾後にオスを食べてしまう」という話だろう。

これはファーブル昆虫記にも載っている話で、相当広く知られているらしく、私が5人程に尋ねてみたところ、全員が知っていた。半ば「昆虫界の常識」といえるものらしい。

このエピソードのため、カマキリのメスというのはイメージがとても悪く、またオスに至っては可哀そうで健気な昆虫、という認識が多い。

 しかし、カマキリのメスの名誉ために、またオスは子孫のために命を投げうっている男の鏡、という誤解を解くために言っておこう。 

メスには交尾後にオスを食べてしまうという習性があるわけではない。

また、オスにはメスに進んで食べられる本能もない。

 いったいどういうことなのか、順を追って説明しよう。

 

 まずは、カマキリの交尾中の習性(と思われているもの)について再確認しておく必要がある。

一般的な認識は次のようなものだ。

 『カマキリはオスよりメスの方が体が大きくて強い。交尾の後、メスは体の小さなオスを貪り食ってしまう。これは、オスの体を食べることで産卵に必要な栄養を蓄えるためである』−

 なるほど確かに 多くの種のカマキリは交尾の際、メスがオスを食べてしまうことが観察されている。しかも、メスは交尾後のみならず、交尾の最中にオスを食べてしまうことも少なくない。 食べてしまうメスもメスだが、オスはもっと凄い。なんと頭を食べられながらも、交尾を続行することができるのである。  頭だけではない。頭、胸、上半身と食われ続けて、最後には生殖器のある尻の部分だけになってもなお数時間に及ぶ交尾を続けることができるという。 虫嫌いの私としてはかなり想像したくない光景だ。

 

 このように、オスの本能的な仕組みを見ても、メスに食べられることが前提のように思えてしまう。 にもかかわらず、そうではない、といえるのだ。なぜか。

 ひとつには、カマキリの餌の識別能力が高くないことが関係している。

カマキリは基本的に、目の前にある動くものに飛びついて食べてしまう習性がある。どうも、メスは交尾の際、オスのことを「餌ではないもの」として認識することができないようで、この本能に従ってしまうと考えられる。

なお、オスの方はフェロモンによって終始メスを同種のメスとして識別できている。

 また、オスメス両方とも複数回交尾が可能という点も見逃せない。オスは交尾後に捕食されるのが必然であるなら、何度も交尾できる能力は必要はない。

 更に実をいうと、交尾の際にオスが食べられてしまう確率というのは自然界ではむしろ低い。 オスはメスに食べられるのを全身全霊で避けているためだ。

交尾相手のメスを見つけると、オスはときには何時間もかけて極力慎重にメスに近づく。うまく先手を取ってメスの背後に回り込むことができれば、カマでメスをしっかり押さえて事を果たし、無事離脱できる。 しかし、体の大きなメスに勝てず、襲われて食べられてしまう、ということが時としてある。

このような事態に備えて、オスは前述のように体の大部分を失っても生殖行動を続けられるような仕組みを備えているのだ。 決して食べられることを前提した仕組みというわけではなく、残念ながら離脱できなかった場合にも目的を完遂するための、極めて英知的な能力というべきだろう。

 

 交尾後にメスがオスを捕食するという話が、事実とはいえ少しゆがんだ形で広まったのはなぜだろうか。

ファーブル昆虫記にその事例が紹介されていたということもあるが、多くはカマキリの交尾の観察を、虫籠のような密閉空間で行ったことにあると思われる。 自然界であれば、オスは夜間に闇にまぎれて交尾を行い、速やかに離脱、というのが可能だ。 しかし、閉鎖された環境ではそうはいかない。たとえ無事に交尾が済んだとしても、その後餌と間違えられてメスに食べられてしまう、というのは力量差を考えれば当然の話だ。

もともと悪食のカマキリは、餌が極めて少ない状況では共食いをしてしまう。これは雌雄の別なく、弱肉強食である。虫籠の中に数匹のカマキリを入れて餌をやらずに置けば、数日後には一匹だけになっているだろう。

こうした現象と、交尾の際のメスの捕食が混同され、メスは交尾の時に必ずオスを貪り食う、という誤解が広まったものと考えられる。

 

 確かにメスはオスを食べたくて食べているわけではないが、ちょっと擁護するには分が悪い。亭主(というにはあまりに弱小だが)を仲間とも思わず食ってしまうことにはかわりない。むしろ、オスは捕食されるのを必死で避けようとしていることを考えると、ますます同情したくなる。

 結局のところ、メスの暴力的なまでの強さと、オスの健気さを再確認する結論にならざるを得ない…

 

 

吸血コウモリが役に立っている!?

      

  「ヴァンパイヤ」などの吸血鬼は、しばしばコウモリの姿で描かれたり、コウモリを手下としていることがある。 また、群れをなしたコウモリが人間を襲って血を吸う−といったイメージが、どこで見たとは判然としないものの漠然とあるのではないだろうか。

 

 もちろん、多くの人が気付いているとおり、実際にコウモリが人の血を吸って致命傷を与えることはまず無いといっていい。

 コウモリはとても繁栄している哺乳類で、1000ほどの種類があり、個体数も大変に多い。哺乳類の中で個体数が最も多いといわれるほどの勢力なのだ。

大きさも様々で、3cmほどしかない哺乳類最小クラスのものもいれば、翼を広げると1.7mにも達する種類もある。多様な生活スタイルを持つコウモリ達だが、昆虫や果実を食べている種類がほとんどだ。

 

 だが、動物の血を主食とするコウモリは実在する。 「チスイコウモリ」というグループがそれだ。

 チスイコウモリは3種しかいない小さな種族だ。つまり、1000種近いコウモリのうち、血を主食とするのはたった3種、ということである。

しかも、シロチスイコウモリとケアシチスイコウモリはニワトリなどの家禽の血をとる。豚や馬、牛そしてロバなどの哺乳類の血をとるのは、ナミチスイコウモリだけだ。

 チスイコウモリはメキシコからアルゼンチンまでの南アメリカに分布している。いずれの種も、体重は約15〜50g、体長約6.5〜9.3cmと、小型の部類に入る。

 

 チスイは「血吸」の意味であり、いかにも吸血コウモリ的な印象を与えるが、実際には血を「吸う」わけではない。 彼らは獲物の皮膚を鋭い門歯と犬歯で切り裂き、そこから出てきた血をなめとるのである。

 血をとるときは、まず眠っている獲物の皮膚をなめてやわらかくする。それから毛や羽毛をかりとり、するどい門歯を皮膚につきさして、でてきた血を舌でなめとる。1晩に約20ミリリットルの血をとるとみられ、これは体重のほぼ半分にあたる。消化するにも時間がかかるため、吸ったあとは長時間休んでいなければならない。

 チスイコウモリの唾液には皮膚の感覚を麻痺させる成分が含まれており、獲物をやすらかに眠らせたまま血を飲むことができる。

更に面白いことに、この唾液から「ドラキュリン」という血液の流れをよくする薬ができるのだ。ドラキュリンは心臓発作や脳卒中の治療につかわれている。チスイコウモリの唾液に含まれる血を固まりにくくする成分は、現存する同じ効果のある薬より20倍も作用が強いといわれている。
 

 このように、意外にも人間に貢献してくれている「吸血」コウモリ。

人が噛まれることはめったに無いが、稀に傷口から狂犬病などの感染症にかかってしまうこともある。やはり噛まれないに越したことはない。

もちろん、日本にはいないのでまず心配はいらないのだが。

 

 

鳥の「かけあわせ」は作れるのか

    

 動物の世界には、違った種類同士を交配させて誕生させた「雑種」がいる。

例えば、ライオンとヒョウのかけあわせの「レオポン」、イノシシとブタの「イノブタ」、ロバとウマの「ラバ」などが有名だ。

 でも、鳥類ではこうした雑種がいるという話はあまり聞かない。鳥のかけあわせは存在しないのだろうか。

 

 実は少ないケースだがいくつかの雑種が知られている。

まずは、「ジュウシマツ」と「文鳥」をかけあわせた「ブンジュウチョウ」。

ジュウシマツを少し大きくした感じで、色はかけあわせる文鳥の種類によって変わってくる。白文鳥とだと灰色、桜文鳥とだと黒っぽい色をしている。

 ジュウシマツのかけあわせは、「キンカ鳥」との「キンジュウ鳥」と呼ばれるものもある。「キンパラ」「ギンパラ」「コキン鳥」などとも交配させることができるようだ。

ジュウシマツは鳥の中ではかけあわせに適した種類のようで、性格が大人しく、違う種類の鳥とも仲良くなりやすい。卵を育てるのが上手という面もある。 だから卵を産むのはジュウシマツのメスの役目。 文鳥やキンカ鳥のオスの中でも性格がおとなしくて人になついたのと結婚させるそうだ。

 

 もう一つ、小鳥の中でかけあわせが可能なものとしてはインコ類がある。

インコを飼ったことがある人なら想像に難くないと思うが、 インコは性格がきつめで違う種類同士とは仲良くなりにくい。だから、例えばセキセイインコならその種類だけを同じかごで飼う。

 しかし、小桜インコとボタンインコはどういうわけか相性がいいらしく、愛鳥家の間ではいくつかの種類でかけあわせが成功している。

 

 このように、鳥のかけあわせは存在はするが、かなり珍しいものなのだ。

しかしそれなら、なぜ試みがもっと盛んにならないのだろうか。商売としても成功しそうなものだが?

ところが、かけあわせた雑種の鳥は、苦労して作った割には色が綺麗ではないという。色が混じってくすんだ色で、魅力的ではないのだ。汚い色や醜い模様などは優性遺伝で、二世の鳥はそういう悪い部分ばかり受け継いで生まれてくるらしい。

 そんなわけで、ニーズもない上に、いいことが何もない、というのが鳥の雑種なのである。やはり生き物はあるがままの姿が自然で一番、ということか。

 

 

海底の驚異の生物、ナマコ

 

 日本三大珍味のひとつ「このわた」。これを肴に晩酌をするのが最高だという人も多い。

「このわた」は「ナマコのはらわた」が縮まった呼び方である。 ナマコの腸をよく水洗いして異物を取り除き、塩につけたものが「このわた」だ。海の香り、ほのかな甘み、そして奥深い味わいに取り付かれた人間は数知れない。

 しかしそうした珍味は楽しんでも、ナマコの生態に関心を持つという人はあまりいない。 せいぜい、海の底でのんびりしているソーセ−ジのような生物、と思われがちだ。だが実際の所、ナマコほどユニークな海の生き物もそういないのである。

 

 約1,100種が確認されているナマコ類は浅瀬から深海に至るまで世界中の海域に生息しており、大きさも多様だ。小さなものは2cmしかないが、最大のものはなんと5mにも達する。もっとも、10cm〜30cmくらいの種類がほとんどである。 5mのナマコなんて、彼らには申し訳ないが想像したくもない。

 

 深海にすむナマコは特に興味深い。 推定によれば水深8,000mにすんでいる生き物の総量の90%以上を占めており、主な生息物がナマコという海溝もあるという。 深海はナマコの天国だったのだ。

 信じられないかもしれないが、深海で暮らすナマコの中には泳げるものもいる。特に、水深3000〜6000mに生息する体長20cmほどの「ユメナマコ」が有名だ。

ユメナマコはクラゲのように頭の「傘」を開いたり閉じたりして泳ぐ。足に見える部分も尾びれのように水をかいて推進力を得ることができるのだ。

 ユメナマコの他にも泳げるナマコは多くいるが、みな皮膚が薄くて柔らかく、ビニール袋のように深海の高い水圧に耐えられるようになっている。

 

 ナマコは護身方法も多彩で天才的だ。驚くような仕掛けを隠し持っていて、危険を感じるとそれを使う。例えば、ねばねばした長い糸を何本も放出して敵にからませたりする。これはすぐに固まってしまい、髪の毛などについたら接着剤を頭に塗ったようなもので悲惨極まりない。イカのスミより強力な武器だ。

また、魚にとっては致命的な「ホロスリン」という毒を持つナマコもいる。ホロスリンはサメも嫌がるほどの毒だが、人間には大きな害はないので、この毒で漁を行っている島もある。

 ナマコの防衛手段でもっともインパクトのある奥の手は、自分の腸を吐き出してしまうことだ。 飢えた敵の目に、残されたまずそうな皮袋より内臓のほうが魅力的に映るのは当然で、絶妙な目くらましになる。 もちろん、吐き出した腸は元通りに再生する。ナマコはヒトデと近縁種で、同じように再生能力が高いのである。

 

 こうした非常にユニークな生物であるナマコだが、何か役に立っているのだろうか?

ナマコは有機物を含んだ海底の泥を黙々と食べる。まるで掃除機のように海底を浄化し、大量の沈殿物を飲みこんでこし取り、後にきれいな砂を残していく。サンゴ礁など砂がきれいな場所はナマコの功績による所もある。

人間にとってもナマコは有用だ。前述のように素晴らしい珍味であるし、体から抽出される物質は関節炎の治療や血圧を下げたりするのに使われることがある。ナマコを加工して作った、ビタミンやミネラルのサプリメントも存在する。 さらに、ナマコの毒から新薬が開発される可能性もある。

 

 奇妙奇天烈と呼ぶにふさわしい生物、ナマコ。

酒の肴に「このわた」や「いりこ」を食べるときも、彼らの海での暮しぶりを知っておくと、話にも花が咲いて、よりうまい肴になってくれるに違いない。

 

ナマコの写真:( Photo by (c)Tomo.Yun )

ナマコの写真の高解像度版

 

 

珍妙さ爆発、チョウチンアンコウの生態

 

 深海には大変面白い奇妙な生物が多く生息している。

その中でも代表的なのが「チョウチンアンコウ」だろう。

アンコウの仲間にも、鍋物にするキアンコウなど食用になるものもいるが、チョウチンアンコウは外見からして食べられそうにない。

  だが、自然界の変なカタチをしたものは例外なく面白い性質を持っているものである。彼らはそれを身を持って証明してくれる生物だ。

 

  チョウチンアンコウの面白さといえばまず、疑似餌の役目をするチョウチンの存在だろう。この釣竿のような部分は背びれが変化してできた器官で、「イリシウム」と呼ばれる。ま、釣竿のほうが通りがいい。 そして釣竿の先端についているチョウチンのようなフサ、これは「エスカ」という。ま、チョウチンのほうが分かりやすい。

  さて、チョウチンアンコウはこのエスカを振って獲物を誘い、エサだと勘違いしてやって来た小魚を飲み込んでしまう。このエスカは多くのチョウチンアンコウ亜目の魚に見られるが、すべてが発光するというわけではない。中にはイリシウム(釣竿)がないものもいる。

  では、このエスカはどういう仕組みで光っているのだろうか。

チョウチンアンコウの場合、発行する性質のある細菌※を飼っているという。

なんだか、蛍を集めてその光で勉強したという中国の故事を思い出させるような話だ。 だが、蛍の光はルシフェリンという化学物質の変化によって起きるもので、体内に細菌を飼っているわけではない。つまり、蛍の発光とチョウチンアンコウの発光の仕組みは全く違うと思っていい。

また、チョウチンアンコウはこの液状の発光体を噴出することもできるという。

目撃例がないので確かなことはいえないが、目くらましに使うのかもしれない。

 

  だがチョウチンアンコウの奇妙さはこれにとどまらない。

なんと、オスはメスに寄生して完全に癒合し一心同体になり、しまいにはメスに吸収されてしまうという。#

オスはメスを見つけると体に噛みつく。その後、お互いの皮膚が癒合して血管もつながり、オスはメスからの栄養補給を受けて生きる事になる。しかも、時には数匹のオスが寄生していることもあるという。

  メスの体長はおよそ60cm。そしてオスは、なんと4cmほどしかないのである。

これはオスの役割が生殖活動以外にないため。産卵が必要なメスのように体を大きくする必要がないからだと言われている。

 なんだか究極のヒモといった感じだが、オスよ、それでいいのか…

 

※エスカの中の細菌はどのような仕組みで発光しているのかという疑問もわいてくるだろうが、これはかなり難しい話になってくるし、話を複雑にするのでここでは扱わなかった。

#実は「チョウチンアンコウ」と呼ばれる一種類自体のオスは寄生を行わない。だが、「ミツクリエナガチョウチンアンコウ」などは寄生を行なう。(ただし、ミツクリエナガチョウチンアンコウは、チョウチンアンコウ科ではなくミツクリエナガチョウチンアンコウ科の魚類である)

 

 

ゾウの鼻は針もつかめる!

 「キリンさんが好きです、でもゾウさんはもっと好きです」という某引越し社のCMにあったように、ゾウは広く愛されている動物といえる。

おとなしく、のんびりしていて、それでいて力が強い。頭もよく、山間部の多い国では訓練されたゾウが荷物運びや材木の切り出しなどに使われている。 また、特徴的な長い鼻も、愛される要因のひとつだろう。

 

  この鼻だが、上唇と鼻が極端に発達したもので、全て筋肉でできており骨はない。

ゾウの視力はあまり良くなく、頭も大きく動かすことはできない。そのため耳や鼻から得られる情報に頼ることになり、これらは大きく発達しているのである。

ゾウの鼻は匂いをかぐ以外にも、草をむしったり、木の実をとったり、水を口まで運んだりと、人間の手のような働きをしている。 もちろん、鼻としての機能もきわめて高く、空中に高く掲げることでわずかな匂いも感じ取ることができる。

さらに、鼻の先端には「指状突起」と呼ばれるものがついており、これと鼻腔の吸引によって、なんと針ほどの大きさでもつかめるという。実に精巧な鼻なのである。

 

  現在生息しているゾウはアジアゾウとアフリカゾウの2種類しかいない。体が大きく、耳も布団のように広がりを持つのがアフリカゾウで、比較的小柄で耳も小さいのがアジアゾウである。前述の指状突起はアジアゾウは一本、アフリカゾウは二本と、細かいところにも差異がある。

 

 ゾウは寿命も人間と同じくらい、主に血縁関係にある固体で群れを作り、子供をしつけるなど親近感が持てる生活をしている。子供の頃よくしつけられなかったゾウは凶暴な不良ゾウになることがあるそうで、これも人間と同じである。肩をいからせて歩くのだろうか。

  また、ゾウは葬式をするとも言われている。死んだゾウの前に一列に並び、順番に優しく鼻で体を撫でてやる。時には花をそえることも目撃されている。 なんとも胸が熱くなる話である。

  ちなみに、ゾウは長老のメスが群れを率いるという、母権制度の社会性を持つ。アフリカゾウに至っては成熟したオスは群れを追い出されてしまい、寂しく単独で暮らすか、同じような仲間で群れを作るようになる。 

  こういうところまで人間に似て…ゲフンゲフン、これ以上は言わないでおこう。

 

 

海の不死鳥、不老不死のクラゲ

 手塚治虫の代表的な作品のひとつに、「火の鳥」という漫画がある。この中で主軸として登場し、一貫した存在となっているのが「火の鳥」、フェニックスとも呼ばれる不死鳥だ。火の鳥は時間や空間を超越した生命体として描かれ、不死の命を持っており、その血を飲んだものは永遠の命を手に入れられるという。 そして、時が来ると自ら燃え出し、数日間燃えた後その灰の中から幼生として生まれ変わるのだ。

 

  「不老不死」 そんな人類の夢を体現した作品だが、実は火の鳥そっくりの性質を持つ生物が実在する。「ベニクラゲ」がそれである。

  ベニクラゲは花クラゲ目に属する体長1cm前後の小さなクラゲで、オセアニアや太平洋、大西洋など暖かい海の浅いところに生息する。日本でも北海道から沖縄にかけて広く分布している。体は透明だが、中心部に赤い器官を持つ。

  このクラゲが若返りの性質を持つということが確認されたのは1994年イタリアでのことで、比較的最近だ。 大学の学生が世話を忘れ、放置されていた水槽から、とっくに死に絶えたはずのクラゲが生まれたばかりの姿で存在していたのである。 そしてその時水槽内にいたクラゲこそ、ベニクラゲであった。 

  では、海にすむ不死鳥とも言えるこのクラゲの若返りのメカニズムを見ていきたい。

 

  ベニクラゲの若返り現象を解明する前に、普通のクラゲの一生を説明しよう。

クラゲは魚などとは違い、誕生から死までをひとつの姿で過ごすわけではない。種類によって個性があるものの、基本的には「ポリプ型」と「クラゲ型」の二つの形態を複雑なライフルサイクルの中で交互に変化させている※。  ポリプとは、口が上にあり、イソギンチャクやサンゴのように触手がその回りに生えている状態のこと。イソギンチャクはポリプの典型である。 

  そして普通のクラゲ−例えばマミズクラゲ−は、このポリプの状態からクラゲ型の元となる芽を出し、傘を持ったクラゲ型へと変化する。 更にこの状態から有性生殖を行い、プラヌラ幼生と呼ばれる子孫を残し、自らは溶けて死んでゆく。この幼生が岩などに付着して再びポリプを形成するのである。

  例えば、植物は地面に落ちた種から芽が出て生長し、やがて再び種を落として枯れてゆくが、これと同じようなサイクルだと考えていただければ分かりやすい。

 

  さて、ではベニクラゲに話を戻そう。 さっき、普通のクラゲは有性生殖後には溶けて死ぬと述べた。ところがベニクラゲの場合、有性生殖を行い老衰で死ぬ寸前、再び団子状になって根を延ばしポリプへと若返るのである。 この奇跡はわずか2日足らずのうちに起こり、ポリプから再び若々しいクラゲへとなって泳ぎだす。 一個体が自然死しない、不死の生物といえる。

まさに、死期が近づくと自らの体を燃やし、若鳥となって甦るという「火の鳥」そっくりではないか。

 

  奇跡的ともいえる特性を持つベニクラゲ。現在、様々な国で研究が始められつつある。我々の常識を足元から覆す、この1cm足らずの生物に今後ますます注目が集まっていくだろう。

 

※クラゲの生態は種類によってきわめて多様で、一概に述べることは出来ない。例えば、毒を持つカツオノエボシなどは小さな個体が役割を分担し合い、ひとつの大きなクラゲ型を有している。

 

謝辞:ベニクラゲの写真は「TOPIC」様の許可を得て掲載されています。

ご快諾ありがとうございました。

参考サイト:ベニクラゲ研究室様 紀伊民報AGARA様 リンクについてのご意向を尊重し、URLを記載するに留めさせて頂きます。

トップページ:http://www.agara.co.jp/index.html 

参考記事:http://www.agara.co.jp/DAILY/20031005/20031005_001.html

 

 

金魚のルーツを探ると?

 金魚は夏の風物詩として我々の意識に深く沁みこんでいる魚である。

夏祭りには、やはり金魚すくいがなくてはならない。

ほんのり明るい提灯のもと、浴衣姿の少女がポイ(すくい網)を片手にしゃがみ、泳ぎ回る金魚を真剣なまなざしで見詰めている−ああ、これこそ日本の夏である。まてよ、金魚を袋に入れて持っている浴衣姿の少女のほうが…

…なんの話だっけ。そうそう、つまり金魚は身近な魚だということが言いたかったのだ。

  だが、身近にも関わらず金魚のルーツは余り知られていない。鯉を小さくしたようにも見えるが、デメキンやイラストのようなひらひらした感じの金魚はいったい?

 

  金魚はコイ目コイ科の魚なので、鯉の仲間には違いない。金魚の多くは8〜15cmだが、中には30cmになるものもいる。こうなるといよいよ鯉と区別がつかない。だが、見分ける重要なポイントがある。それはヒゲだ。金魚にはヒゲがないのである。実は金魚はフナ属で、フナの品種改良・交配を長い年月をかけて重ねていったものなのだ。つまり金魚はコイ目コイ科フナ属ということになる。

 

  金魚は4500年以上の繁殖の歴史を持っているとされ、人間と共に長い世代を生きてきた仲間である。またとても長生きで、70年という記録も残っている。上手に飼いさえすればまさに一生の友となるのだ。

  夏祭りですくってもいいし、ペットショップにでもいけば数十円から金魚が売っている。生活に色彩りを添える意味でも、是非飼ってみてはいかがだろうか。

 

 

「アリは協力して働く」はウソ!?

 ふと庭先に目をやると、アリがお菓子のクズのようなものを運んでいる。時には死んだ蜂や小さな虫なんかを運ぶこともあるかもしれない。 あまり大きなエサだと一匹では運ばず、何匹かで運ぶ。そんな風景を見て、大抵の人は「ああ、協力して獲物を運んでいるんだな」、と思ってしみじみするかもしれない。

 

  ところが、この話を聞いたら感心しているどころではない。実は、アリは協力して獲物を運んでいるのではなく、それぞれが勝手な方向へ引っ張っているのである。そう、アリたちは自分勝手な方向へエサを引っ張り、独りよがりに仕事をしているのであって、決して協力しようとか手を貸そうなどと考えているわけではないのだ。

 

  もしも、一つのエサを何匹かで運んでいるのを見かけたらよく観察していただきたい。一応獲物はある方向へ引っ張られていくだろう。 一匹がエサを北に向かって引いていても、二匹が南に向かって引いていれば結局南へ向かうからだ。 もし、この一匹をエサから放したら二匹はずっと早い速度でエサを運ぶ事ができるはずである。

  だから、二匹がエサを運んでいるのに出くわしたら、一匹をエサから離して見るとこのことがよくわかる。もう一匹のアリは今までの二倍近い速さでエサを運ぶのである。

 

  というわけで、アリたちは実は協力的な働き者のふりをしていたのだ。

アメリカの作家、マーク・トゥエーンは実に的確にこういっている。「アリは、間違った結論を下す思慮の浅い自然科学者が見ているときだけ、働き者を演じているのだ!」

 

 

チキンの美味しい脚

 私が行っていた高校に鶏肉は全てダメという教師がいたが、そんな哀れな人は滅多にいないだろう。みんな鶏肉やフライドチキンは大好きなはずである。でなければケンタッキーフライドチキンはとっくに潰れている。

  さて、このチキンだが、なんと左脚の方がうまいと言われている。左脚の方がよく発達していてしまった味になるというのだ。

 

  その理由はまず、ニワトリが寝る姿勢にある。ニワトリは普通、左脚を上げて右脚で立って寝る。寝るときだけでなく起きているときも片脚で立っていることがよくある。片脚で立つ鳥といえばフラミンゴが有名だが、鳥類は多くが片脚で立つ習性を持っている。 ニワトリは右脚で立つというわけだが、そうすると右脚に体重がかかり、上げている左脚に較べて肉が硬くなってしまうのである。

  もう一つの理由はニワトリが運動するときに左脚をよく使うということ。運動するから筋肉が発達し、やわらかくジューシーな風味になる。つまりニワトリは大半が左脚利きなのだ。

 

  そういうわけで、フライドチキンを買うときは左足を買うのがお得である。

ただし、見分けられたらの話だが…

 

 

金魚が鳴く!

 恐らく、ペットとして最も多く飼われているのが金魚ではあるまいか。

犬やネコは事情で飼えなくても、金魚ならと、多くの家庭が水槽に金魚を入れているはずである。お祭りでついつい金魚すくいをやってしまい、家族に加えられた金魚も少なくないだろう。

 

  かように、実に馴染み深い魚であるが、この金魚が実は「鳴く」ことをご存知だろうか? 金魚の鳴き声はとても小さく、また鳴くこと自体まれなためこの声を聞けた人はまことにラッキーである。

  金魚の鳴き声は「ギュッギュッ」という感じの音。鳴くといってももちろん声帯があるはずはない。ノドの奥にある歯をきしらせて鳴くといわれている。

 

  実は、鳴く魚は金魚のほかにもトラフグやホウボウ、カジカなど結構たくさんいる。なかでもフグは海釣りでよく釣れるので、鳴き声に聞き覚えのある方もおられるだろう。  「ギュェッギュェッ」という恨めしそうな声である。また、ホウボウの名前はズバリ鳴き声から来ているといわれる。

 金魚を飼っておられる方、ヒマな時は是非水槽の前で耳を澄ませてもらいたい。

 

 

犬はどうしてポチなのか?

 犬といえばポチである。シロでもクロでもロッキーでもトップでもアタックでもない。 ポチなのである。

ああポチ、どうしてあなたはポチなの・・・なんてバカなこと言ってる場合ではない。 なにゆえ犬はポチなのか、その謎を今ここに明かそうではないか。

 

  「ポチ」という名は実はフランス語のかわいい、小さいを意味する[petit]「プチ」からきているといわれる。プチがポチに転化したわけだが、ここで頭をよぎるのが花咲か爺さんである。花咲か爺さんには「ここほれワンワン」と裏の畑でなくポチが出てくる。ということは、ポチはもっと昔から犬につけられていた名ではないのか?

  花咲か爺さんは室町時代末期から江戸時代初めにかけて成立したと考えられているが、実はその時犬はポチではなく、シロという名だった。ポチは後から親しみやすいようにとつけられたものなのだ。 

  よく考えてみれば、犬の名前がポチという先入観も花咲か爺さんから刷り込まれたものだと思える。実際にポチという名は人間の太郎や花子と同じであまり見かけない。

 

  ちなみに英語でも犬のことを親しみをこめて[pooch]と呼ぶ。プーチという犬のおもちゃも売られている。 ありふれていると思っても実は少ない「ポチ」。犬を飼う時には思い切って付けてみてはどうだろうか。

 

 

ネコはどうしてタマなのか?

 ネコはタマである。  ノラでもトラでもモモでもコマでもベーでもない。タマなのである。

サザエさんやタマ&フレンズを持ち出すまでもなくネコはタマである。 最近は一部のアザラシにもタマという名が流行ったようだが、それはひとまず置いとこう。

  犬の代名詞ともいえるポチが外来語由来であることは前述したが、タマも外国語なのだろうか?いやいや、タマは純粋な日本語。語源は実に単純で「球になって寝るから」また「毛糸など球が好きだから」なのだ。 なるほどネコといえばこたつでまるくなっていたり毛糸を前足でつついてる様子が目に浮かぶ。

  ちなみに小判を持っている招き猫、あれの名前もタマという。

 

私の家でも昔ネコを飼っていたがポポとチャビという名だった。 さすがにタマという名前を付けられたネコを実物で見たことないが、皆さんの周りではいかがなものだろうか。

 ※その他の「タマ」の由来についての投稿

 

 

肉食動物は栄養がかたよらないのか?

 野菜が嫌いな子供いわく、「ライオンは野菜なんか食べなくたって強いもん!」こういわれるとお母さんも返す言葉がない。確かにライオンなど肉食動物は肉しか食べないがそれで栄養がかたよらないのだろうか。あんたも野菜を食べなさい、といってやりたいが彼らにとっては大きなお世話。心配いらないのである。 

 

  肉食動物の獲物はよほどのことがない限り草食動物である。 ライオンが狩をするシーンを思い出してもらいたい。ゼブラやその他の草食動物を追いかけているイメージがあるだろう。 そう、彼らは草食動物を食べることで間接的に植物の栄養も摂取しているのである。 実際、ライオンなんかはしとめた獲物の消化器官をまず食べるという。

いくら肉食動物とはいえ植物の恵みなしには体を壊してしまうのだ。

 

  だが子供に「じゃあボク牛さんのお肉食べる。牛さん草たくさん食べてるでしょ、牛肉食べれば野菜もとれるよ」 なんて言われたらどうしよう。 大丈夫、そんなときはこう答えてあげればいい。

  「わかったわ、今日からアンタの食事は牛の内臓だけね」

 

 

フクロウとミミズクはどこがちがう?

 ミミズクがミミズ喰う。 ・・・・・・・さて。(恥) フクロウもミミズクも大した違いはない。フクロウとはフクロウ目フクロウ科の鳥の総称だが、「フクロウ」という名前のフクロウも存在する。 だからフクロウというからにはフクロウ目フクロウ科の「フクロウ」のことをいうのが正しいのだが、普通にはフクロウ目フクロウ科の鳥を指すことが多い。 

 

  ミミズクはフクロウ目フクロウ科の鳥のうち頭に耳羽(羽角、うかくともいう)を持つもののことをいうが、これは分類学的な区別ではなく俗なものである。ところでこの耳のように見える羽毛、実は耳ではなくただの毛の房だ。実際の耳の位置はもっと下、頭の両側で人間とほぼ同じ位置にある。

 

 この房がある理由についてはよく分かっていないが、一説には山猫に似せるためだといわれる。なるほどこの房は猫の耳の位置と同じ。だが別に山猫に似せる必要があるとも思えない。 自分を強そうな動物に見せれば襲われにくくなるのは確かだが、ミミズクにはこれといった天敵はいない。※

そうすると意外とファッションでしているのかもしれない。 そうか、ミミズクの世界にも猫耳は流行っているのか…

 

※フクロウの卵やヒナを狙う蛇やイタチににらみを聞かせるためという説もあるが、一部のフクロウのみに耳羽が発達していることの説明にはならない。

 

 
     
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